本嫌いによる本嫌いのための絵本ノススメ(COMPILED BOOK)2003-09-01

決して本が嫌いなのではない。本を読むという行為が分断されるのが嫌いなのだ。少しずつ楽しみに読むなんて考えただけで気が狂いそうになる。何としてでも一気に読みたい。そんな性格のせいでだんだん本を読まなく、いや読めなくなった(だって読み始めるのに相当な覚悟が必要なんだもん)。本棚は楽譜に占領され、やたらデコボコな一角だけがかろうじて残っている。その正体は絵本。特に探し集めたつもりもないのに、昔から持っていたものやふと書店で目にとまったものが、いつのまにかデコボコを形成している。それにしても絵本ってどうしてこんなにサイズがバラバラなんだろう。綺麗に片付けさせないための陰謀としか思えない。飛び出しているのでつい手に取り、五分で読めるはずなのに気付いたら一時間経ってしまい、でもなんだかゲンキになっていたりするから不思議だ。

*What is this? なにかしら
ヨゼフ・ウィルコン/いなばゆう/セーラー出版

16匹の動物の頭、胴、足が切り離されていて4096通りの組み合わせが楽しめる絵本。友人が来た時にこれを置いておき、お茶でもいれながら観察すると面白い。几帳面に元の動物を揃えて見ていく人、とんでもない組み合わせを見つけて「ねえねえこれ」と嬉しそうに言う人、すぐ閉じる人(レッドカード)。

*カエルのバレエ入門
ドナルド・エリオット/クリントン・アロウッド/岩波書店

バレエの基本のポーズと動きを図解した絵本、ここまでは普通。しかしカエルなのである。「完成からほど遠いものは、おそろしいほどばかばかしさに近づいてしまう」のはバレエも絵本も同じなわけで、最初はクスッと笑いながら読み始めても、だんだんカエルの肉体が美しくさえ見えてくるのがスゴイ。

*ワニのオーケストラ入門
ドナルド・エリオット/クリントン・アロウッド/岩波書店

こちらはいろいろな楽器を演奏するワニ。楽器の独白コメントもスパイスが効いていて読み物としても楽しめるし、もちろん素直に楽器図鑑にしてもいい。「なぜワニでなければならないのか、たぶんこれについては子供たちの方が、もっとずっといい答を見つけてくれることでしょう。」ニクいなぁ。

*るんぷんぷん
ハンス・フィッシャー/さとうわきこ/小さな絵本美術館・架空社

「るんぷんぷん」とはパレードの太鼓の音。ブレーメンの音楽隊などいろいろなおとぎ話のパレードが、細長い見開きいっぱい次々に行進していく。蛇腹でつながってたらもっと楽しいのに、なんていう願いもちゃんとわかってくれてて、ちっちゃいけど細長くつながったプリントのオマケつき。

*くまとりすのおやつ
きしだえりこ/ほりうちせいいち・もみこ/福音館書店

くまとりすがいちごをつんで食べる小さなお話。「りすはひとつだけたべておなかいっぱい/ちいさいんですからね/くまはたくさんたべておなかいっぱい/おおきいんですからね」というシンプルさ。切り絵の二匹といちごを眺めているだけで幸せな気分になれる、私の「童心ドア」的一冊。

*Pet of the MET
Lydia & Don Freeman/New York Viking Press

ニューヨークのメトロポリタン歌劇場に住むネズミのマエストロ・ペトリーニはプロンプターの譜めくりがお仕事。休みの日には家族でオペラを上演しちゃうステキなおとうさんだ。ある日おとうさんは「魔笛」上演中の舞台に飛び出して…。「魔笛」入門にもなる(のか?)、ほどよいサイズの楽しいお話。

*Higglety Pigglety Pop!
Maurice Sendak/Harper & Row Publishers

このヘンテコな物語はなんとオペラ化された。センダックは舞台美術や脚本を担当したことはなく、ナッセンもオペラを作曲したことがなかったが「ミス・ジェニーのように新しい経験を求め」意気投合したのだそうだ(粋!)。原作そのままの世界が再現される舞台は、賛否両論あろうとも必見。


CB当番・川北祥子 ピアノ奏者(stravinsky ensemble)
フリーペーパーmao2 re-new vol.7掲載

「映画を見たらオペラも見ようよ」目次2003-09-01

※「映画を見たらオペラも見ようよ」は2000〜03年にstravinsky ensembleから「mao2net」へ寄稿させていただいたコラムです。
同サイト閉鎖のため許諾をいただきこちらに転載しました。

映画に登場するオペラ作品の数々をとりあげて、
わかりやすく楽しく紹介するコラムです。
この映画もう一回見直してみよう、オペラっておもしろいんだね、って
少しでも思っていただけると嬉しいです。


第22回『ニーベルングの指輪』前編
第21回『フィツカラルド』
第20回『セビリアの理髪師』
第19回「人知れぬ涙(愛の妙薬)」
第18回「星は光りぬ(トスカ)」
第17回「誰も寝てはならぬ(トゥーランドット)」
第16回 アマデウス
第15回 ウディ・アレン
第14回『ファールプレイ』&『ミカド』
第13回『アンタッチャブル』&『道化師』
第12回『ゴッドファーザーpart3』&『カヴァレリアルスティカーナ』
第11回『ベアーズ』&『トレインスポッティング』&『カルメン』
第10回『ジャンニスキッキ』&『眺めのいい部屋』前編 後編
第9回『ショーシャンクの空に』&『フィガロの結婚』
第8回『フィラデルフィア』&『アンドレアシェニエ』
第7回『ディーバ』&『ワリー』
第6回『ルチア』&『フィフスエレメント』その1 その2 その3 その4
第5回『オペラ座・血の喝采』&『マクベス』
第4回『ミーティングヴィーナス』&『タンホイザー』
第3回『危険な情事』&『蝶々夫人』
第2回『月の輝く夜に』&『ボエーム』
第1回『プリティーウーマン』&『椿姫』

<mao2フリーペーパー編>
re-new vol.7 絵本ノススメ(COMPILED BOOK)
vol.4 二度あることは三度ある(mao2いろは歌留多)
vol.1 MY FAVORITE OPERA(A to Z)

コーヒーのうらみ / カフノーツ#052003-09-21

カフノーツはコーヒーにまつわる短いお話をあれこれご紹介します。 コーヒーでも飲みながらのんびりお読みください。


 十八世紀のドイツにおいても、コーヒーは全国民が熱中した飲み物でした。でも、コーヒーもお砂糖も高くつく輸入品。プロイセンのフリードリッヒ大王はじめ、ドイツの君主たちは、民衆によるコーヒーの過度な消費を抑えようと、いろいろな策を高じます。なんといってもコーヒーも砂糖も、高くつく輸入品。自国の通貨の海外流出はかなりの痛手です。ある君主は、貧しい民衆にはコーヒーを禁じ、貴族からはコーヒー税を取り立て、ある君主はコーヒーの輸入そのものを禁じます。自らもコーヒー好きなフリードリッヒ大王にいたっては、コーヒーは毒であるといいふらさせたそうですが、これも効を成さず。コーヒーはまるで麻薬のようにドイツ人の心を捉えて離しませんでした。

 輸入品のコーヒーに頼らずに自国で代用コーヒーを生産しようという動きも生まれてきました。大豆、麦芽、さまざまなものが試されます。なかでも有名なのは、サラダに使うチコリーの根を使ったチコリーコーヒー。これは日本でも有名な代用コーヒーです。長崎の出島に取り残されたオランダ人が、チコリーで代用コーヒーを作ったという逸話もありますし、太平洋戦争時代にもチコリコーヒーが生産されたとか。

 しかし代用品はしょせん代用。あのコーヒー独特の香りもありません。そこで弾圧された民衆は、本物のコーヒーをお湯で薄めて、大切に飲みました。マイセンによくある、カップの底に小花模様が描かれたコーヒーカップは、実は薄めたコーヒー全盛時代のなごりとか。きっと底の小花模様が見えるほどに薄いコーヒーを飲んでいたのでしょう。

 その後ナポレオンの大陸封鎖で、ドイツへのコーヒー輸入の道は実際に絶たれてしまいますが、あらゆる網の目をかいくぐってコーヒー密輸が試みられます。「ナポレオンの大陸封鎖によって生じた砂糖とコーヒーの欠乏が、ドイツ人をナポレオン蜂起に駆り立てた」と、カール・マルクスがいうように、コーヒーのうらみは戦争の一因にもなりうるのでしょう。このように、君主や外国との戦争によって、ドイツ人のコーヒーへの偏愛は、苦難の歴史を重ねてきたのでした。

 現代の私たちも、もしコーヒーが禁止されたらいったいどうなってしまうでしょう? これはちょっと、想像するだけでも怖ろしいですね。(カフコンス第5回「オーボエ/ファゴット/ピアノによる三重奏vol.2」プログラム掲載。)

【参考文献】平野雅章他編『食の名言辞典』(東京書籍)マックス・フォン・ベーン『ドイツ十八世紀の文化と社会』(三修社)臼井隆一郎『コーヒーが廻り世界史が廻る』(中公新書)日本コーヒー文化学会編『コーヒー事典』(柴田書店)

西川公子 Hiroko Nishikawa
ウェブやフリペの企画・編集・ライティング。プレイステーションゲーム『L.S.D.』の原案、『東京惑星プラネトキオ』『リズムンフェイス』のシナリオなど。著作に10年分の夢日記をまとめた『Lovely SweetDream』。最近は老人映画研究家。