「誰も寝てはならぬ(トゥーランドット)」2002-03-13

映画に登場するオペラ作品の数々をとりあげて、
わかりやすく楽しく紹介するコラムです。
この映画もう一回見直してみよう、オペラっておもしろいんだね、って
少しでも思っていただけると嬉しいです。


映画を見たらオペラも見ようよ
第17回 眠れぬ男たちの「誰も寝てはならぬ」
~テノール名アリア その1

オペラに特別興味がなくても、ワールドカップの開会式で聴いた3大テノールはかっこよかった、なんて思っていらっしゃる方は多いのではないでしょうか。でも歌詞がピンと来なかったりした経験はありませんか?オペラのアリアは歌詞が台本の一部分なので、一曲だけ聴いても内容がよく解らないこともあります。それでも充分楽しめますが、オペラの背景を踏まえて聴けばもっと感動できるかも、ということで今回から3回シリーズでテノールの名アリアをご紹介したいと思います。1曲目は3大テノールでも特に注目の集まる『トゥーランドット』の王子のアリア「誰も寝てはならぬ」。では歌詞大意からどうぞ。

「誰も寝てはならぬ!か…/姫よ、あなたも冷たい部屋で愛と希望に震える星をご覧なさい!/しかし秘密は私の胸の中、私の名前は誰も知らない!/いや、あなたの唇に私が告げるのだ、光が輝く時に!/そして私の口づけがあなたを私のものにする時に!/夜よ消えろ!星よ沈め!夜明けに私は勝つのだ!」

短いアリアなので歌詞はこれだけ(長くても延々繰り返しだったりしますが)。何となくどんな場面か想像できたでしょうか?それでは『トゥーランドット』ストーリーの正解を。

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1幕、北京。トゥーランドット姫は三つの謎を解いた王子と結婚するが謎が解けない者は打ち首、と定められている。謎解きに失敗した求婚者の処刑を見ようと集まった人々の中で、敵を恐れて名を隠した異国の王子は、同じく身分を隠す父ティムールとその付き添いのリューに再会する。王子は処刑を見てもひるむ事なく、彼を愛するリューが泣いて止めるのも聞かず、姫の美しさに見愡れて謎解きへの挑戦を宣言する。

2幕1場、大臣たちは処刑ではなく結婚の準備をしたいものだと願っている。2場、皇帝と姫が登場し謎かけが始まる。王子がこれまで誰も解けなかった三つの謎を簡単に解いてみせると、姫は結婚の定めは無効にと皇帝に訴えるが皇帝は却下する。王子は夜明けまでに自分の名前を解きあかせば姫に命を捧げよう、と謎かけを返す。

3幕1場、誰も寝てはならぬという姫の命で人々は寝ずに王子の名前を調べている。王子は「私の名前は誰も知らない!夜明けに私は勝つのだ!」と歌う。ティムールとリューは王子と話していたからと引き立てられ拷問を受けるが、リューは自分だけが王子の名前を知っているとティムールをかばい、剣を奪って自殺する。姫は王子に去ってくれと頼むが、王子が口づけすると姫の心は溶け涙を流す。だが彼がダッタンの王子カラフだと名乗ると姫は名前がわかったと叫び、カラフはあなたの勝ちだと認める。3幕2場、しかし姫は人々の見守る中「この異国の王子の名前がわかりました。その名は愛!」と告げ、皆の歓喜の大合唱で幕となる。
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『トゥーランドット』はプッチーニお得意の異国物語ですが、同じアジアの蝶々夫人とは対照的にトゥーランドットは強くてコワいお姫様。しかしカラフはその上を行くつわもので、自分を慕う女性が殺されても嘆くアリアを歌うこともなく(この点はリューが可哀想すぎると反感も?)、栄誉も愛も手に入れハッピーエンド(悲劇のヒーローとして立派に死んでいく役は多いが)、これほど強いテノール役は他にないと言っていいでしょう。題名はカラフの台詞ではなく「誰も寝てはならぬ」という命令とそれを聞いて必死で彼の名を調べようとする人々を皮肉ったもので、むしろキーワードと聴き所は最後に高らかに歌われる「私は勝つ!」。フィナーレでも同じ旋律が「栄光あれ!」と大合唱され、もう一度感動すること必至です。

さて映画のほうはこの「誰も寝てはならぬ」がそれぞれ違った使われ方をした3本です。まずは『ニューヨーク・ストーリー』(M.スコセッシ、F.コッポラ、W.アレンの短編オムニバスで、コッポラ監督の第2話には女の子のお世話役の男性が「女心の歌」を歌っている場面も)からスコセッシ監督による第1話『ライフレッスン』。画家ニック・ノルティは住み込みのアシスタントを愛しているが、彼女の心はもう彼から離れていて新しい恋人を部屋に呼び、眠れないノルティは「誰も寝てはならぬ」を聴く。愛の勝利の歌を敗北した男が聴く皮肉。ノルティが絵を描く時にはロックをガンガン鳴らすのもこの曲を際立たせていました。スコセッシ監督といえば『レイジングブル』(1980米)のマスカーニや、『ファウスト』の舞台から始まる『エイジ・オブ・イノセンス』(1993米)(『トロヴァトーレ』の舞台から始まるヴィスコンティの『夏の嵐』(1954伊)のパロディ?)などでのオペラも有名。

シェール、スーザン・サランドン、ミシェル・ファイファーという熟女3人組のホラーコメディ(?)『イーストウィックの魔女たち』では、ある日突然現われた妖しい男ジャック・ニコルソンと3人の過ごすステキな一夜(?)に「誰も寝てはならぬ」が流れます。あのジョン・ウィリアムスならどんな曲でも自在に書けてしまいそうなのに敢えて既成曲を使っているだけあって「自信に満ちた男のアリア」が本当にぴったり。曲の陶酔感とフーセンやスローモーションがこの濃いメンツをファンタジックに見せてしまいます。ミュージカル版『イーストウィックの魔女たち』でもこのシーンはフライングが楽しめる見せ場なのだそうで、どんな音楽が流れるのか聴いてみたいです。

『キリング・フィールド』で「誰も寝てはならぬ」を聴くのはサム・ウォーターストン。カンボジア内乱を取材していたタイムズ記者ウォーターストンは政権崩壊で国外へ脱出し、このルポでピューリッツァ賞を受賞するが、長く彼に同行していたカンボジア人助手は現地に取り残される。助手の身を案じて眠れない彼は混乱するカンボジアの様子をテレビで見ながらこの曲を聴く。慌てふためく人々を嘲笑するかのようなカラフのアリアが、名声を得て安全なアメリカでカンボジアの映像を眺める自分の姿に重なってしまう彼の苦々しさをも表わした、ひとひねり効いた使われ方でした。

(個人的に『キリング・フィールド』の最後に流れる「イマジン」はちょっとがっかり。「誰も寝てはならぬ」の見事な選曲と比べるとあまりにも安易では…『ライフ・レッスン』で流れる「青い影」は曲自体は好きになれないけど、この曲のカッコ悪さをさらけ出す感じ?がノルティのキャラクターにも通じるようで納得させられるし、エンドタイトルでは一緒に口ずさんでしまいます。)

ところでノルティは『イーストウィック』の監督ジョージ・ミラーの『ロレンツォのオイル』(1992米)で難病の息子を救うためにオイルを研究する両親をサランドンと演じ、この作品では『ノルマ』などのオペラが全編に流れていました。サランドンは『アトランティックシティ』(1980仏/加)でも『ノルマ』の「女神」という役どころ。またシェールは『月の輝く夜に』(1987米)、ファイファーは『エイジ・オブ・イノセンス』、ニコルソンは『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1981米)、『女と男の名誉』(1985米)、ウォーターストンは『ハンナとその姉妹』(1986米)など、こうして見るとみんな他の映画でもオペラの似合っている人ばかりです。

次回はテノール珠玉の名アリアシリーズその2、オペラが最高に似合うアル・パチーノの『セルピコ』などに使われた『トスカ』の「星は光りぬ」です。

◇『ニューヨーク・ストーリー』NEW YORK STORIES(1989米)
Segement 1 "Life Lessons"
監督:マーティン・スコセッシ
出演:ニック・ノルティ/ロザンナ・アークエット

◇『イーストウィックの魔女たち』THE WITCHES OF EASTWICK(1987米)
監督:ジョージ・ミラー
音楽:ジョン・ウイリアムス
出演:ジャック・ニコルソン/シェール

◇『キリング・フィールド』THE KILLING FIELDS(1984米)
監督:ローランド・ジョフィ
音楽:マイク・オールドフィールド
出演:サム・ウォーターストン/ハイン・S・ニョール

◆『トゥーランドット』TURANDOT(1926初演)3幕5場
作曲:プッチーニG.Puccini(1858-1924)
補作:プッチーニの草稿によりアルファーノF.Alfano(1876-1954)
原作:ゴッツィの同名の戯曲と「千夜一夜物語」
台本:アダーミ/シモーニ

川北祥子(stravinsky ensemble)
東京芸術大学大学院修了、「トムとジェリー」とB級映画とパンダを愛するピアノ奏者。
「トムとジェリー」からはクラシック音楽の神髄を、
B級映画からはお金がなくても面白いコトに挑戦する心意気を学ぶ。
パンダからは…?

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