「星は光りぬ(トスカ)」2002-04-17

映画に登場するオペラ作品の数々をとりあげて、
わかりやすく楽しく紹介するコラムです。
この映画もう一回見直してみよう、オペラっておもしろいんだね、って
少しでも思っていただけると嬉しいです。


映画を見たらオペラも見ようよ
第18回 薄幸のヒーローの未練がましい辞世の歌「星は光りぬ」
~テノール名アリア その2

テノールシリーズ前回は強い男のアリアでしたがこれはかなり例外で、本来テノール役とは、頼りない王子だったり病気のソプラノが死んでいくのを嘆く無力な恋人だったり、と弱々しいもの(?)。映画で言うなら『カサブランカ』のボギーは絶対バリトン、警察署長もバリトンかバスで、活動家=ヒーローとはいえ存在感薄いバーグマンの夫がテノールって感じでしょうか。あっけなく死んじゃう『タイタニック』のディカプリオもきっとテノール、だけど『仮面の男』ならバリトンでしょう。

今回は正統派薄幸のテノールの名アリアです。『トスカ』から「星は光りぬ」、最初に歌詞大意を。

「星はきらめき/大地は香気に満ちていた/庭の戸がきしみ/歩みが砂をかすめ/彼女がかぐわしく入ってきて/私の腕にもたれかかった/ああ!甘いくちづけ!せつない愛撫!/震えながらヴェールをほどくと美しい姿があらわれた!/私の愛の夢は永遠に消えてしまった…/時は過ぎ去り/絶望のうちに私は死ぬ!/今までこれほど生命をいとおしく思ったことはない!」

辞世の歌というわりになかなか未練がましいカヴァラドッシとはどんな人物なのでしょう?『トスカ』ストーリーです。

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1幕、政治犯アンジェロッティが逃げ込んだ教会では、友人で反体制派の画家カヴァラドッシが聖女の肖像を描いていた。カヴァラドッシは命をかけて彼を助けると誓い、別荘にかくまうことにする。カヴァラドッシの恋人で歌手のトスカは、彼が誰か人と会っていたようなので嫉妬する。教会を訪れた警視総監スカルピアはカヴァラドッシがアンジェロッティをかくまっていると見抜き、トスカの嫉妬をあおってカヴァラドッシの後を追わせ、隠れ家をつきとめようとする。

2幕、連行したカヴァラドッシが口を割らないので、スカルピアはトスカに彼の拷問を見せる。恋人の悲鳴を聞いたトスカはアンジェロッティの居場所を白状してしまう。カヴァラドッシはトスカの裏切りに怒るが、そこへナポレオン大勝が伝えられると勝利を叫び、スカルピアを罵倒するので再び引き立てられる。彼の保釈金はいくらかと訪ねるトスカにスカルピアは貴女をと迫り、トスカは嘆き悩む(アリア「歌に生き恋に生き」)が、アンジェロッティが自殺した事を知らされ要求をのむ決心をする。スカルピアはカヴァラドッシの偽装処刑を命じ、通行許可証を書き、トスカを抱こうと近寄る。その瞬間トスカは「これがトスカの接吻よ」とナイフで刺し、スカルピアは息絶える。

3幕、処刑を前にカヴァラドッシはトスカに辞世の手紙を書く(アリア「星は光りぬ」)。そこへトスカがあらわれて銃殺は空砲だと説明し、二人は愛の勝利を歌う。処刑が行われカヴァラドッシは銃声とともに倒れる。兵士が立ち去り彼を起こそうとトスカが近づくと、彼は本当に殺されていた。そこへスカルピアの死体を発見した追っ手が迫り、トスカは「スカルピアよあの世で!」と叫んで城壁から身を投げる。
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『トスカ』というからにはトスカが主役なのは仕方ありませんが、テノールはちょっと可哀想すぎ。せっかく拷問に耐えていたのにトスカにすぐばらされ友人は自殺、偽の処刑と聞かされていながら本当に殺され、トスカも「カヴァラドッシ天国で会いましょう!」ではなくスカルピアの名を叫んで死ぬ…でもテノールは登場のたびに高音を聴かせてくれるし、未練がましい歌詞だって歌われるともうこれでもかと泣ける。『トスカ』といえばテノールに期待してしまうのがオペラの不思議です。(よく似た物語『アンドレア・シェニエ』は題名通りテノールが主役。第8回参照。)

さてこの「星は光りぬ」が使われた映画は実話をもとにした2本、新人警官が警察組織の腐敗に立ち向かい正義感ゆえに孤立していく、というシドニー・ルメット監督の社会派ドラマ『セルピコ』と、同性愛の少女の母親殺害事件を描いたピーター・ジャクソン監督作品『乙女の祈り』。

『セルピコ』ではアル・パチーノ演じるセルピコが、まずは『ジャンニスキッキ』のアリアを車の中でかけながらメチャ下手に熱唱し、壮絶な硬派ドラマの中でちょっと息抜きさせてくれます。イタリア系でオペラ好きという設定なのかな、と思わせておいて、中盤には、屋上のテラスで「星は光りぬ」を聴きながら休んでいるセルピコに隣のビルの屋上から女性が話しかけてきて親しくなる、という静かなシーンがあります。私はこの曲とセルピコに共通する「死」のイメージよりも、アリア前半の「庭の戸がきしみ彼女が入ってきた」という美しい回想とオーバーラップしました。

『乙女の祈り』は主人公の二人の少女がテノール歌手マリオ・ランツァのファンという設定。(ランツァは『歌劇王カルーソ』(1951米)で伝説の名歌手カルーソを演じた歌手で、3大テノールの面々もこの映画を見てオペラ歌手を目指したという逸話も。)全編にわたって彼の歌が流れますが、最初はオペレッタ『学生王子』のセレナードなど乙女の憧れのような甘い歌、物語が進むにつれ「死」を思わせるプッチーニとなるあたりが秀逸です。『蝶々夫人』「ハミングコーラス」、『トスカ』「星は光りぬ」、そして少女が「二人きりになりたかったの~あなたは私の愛で命のすべて!」と『ボエーム』4幕のミミを歌うシーンは美しくてどこか怖い。ジャクソン監督は今でこそ『ロード・オブ・ザ・リング』でファンタジーの人ですが当時はホラー&スプラッタのイメージ。題材も異常犯罪なのか多感な少女の純粋さゆえの殺人かというボーダーライン上、作品自体もオペラや空想シーンでかろうじてファンタジー?という微妙なバランス。

ところで今回の2本と前回の『キリングフィールド』もですが、実話と聞くと実際の人物もほんとにオペラが好きだったのか気になりませんか? 脚色だとしたらそれもまた凄い話。セルピコも少女たちも例えばエルビスのファンだってよかったわけなのに、あえてオペラを歌わせたのは?とあれこれ想像するのもまた「映画に出てくるオペラ」ウォッチングの楽しみの一つなのです。

実はもう1本「星は光りぬ」が歌われるというので見てみたい作品があります。『王者のためのアリア』(1979ポーランド)、ポーランドの伝説的プロレスラーの生涯を描いた作品で、彼の勝利の度に客席でオペラ歌手がアリアを高らかに歌うのだそうですが、これも実話なのでしょうか(オペラ歌手のエピソードも??)。

テノールアリア2回シリーズ、これまで2曲がプッチーニになってしまいましたが、「ベスト3」とするなら、「衣装をつけろ」(第13回参照)、「星は光りぬ」、ドニゼッティ『愛の妙薬』から「人知れぬ涙」、あたりが順当なのではないでしょうか。というわけで次回は完結編「人知れぬ涙」です。

◇『セルピコ』SERPICO(1973米)
監督:シドニー・ルメット
音楽:ミキス・テオドラキス
出演:アル・パチーノ/ジョン・ランドルフ

◇『乙女の祈り』HEAVENLY CREATURES(1994ニュージーランド/米)
監督:ピーター・ジャクソン
音楽:ピーター・ダゼント
出演:メラニー・リンスキー/ケイト・ウインスレット

◆『トスカ』TOSCA(1900初演)3幕
作曲:プッチーニG.Puccini(1858-1924)
原作:サルドゥーの同名の戯曲
台本:イッリカ/ジャコーザ

川北祥子(stravinsky ensemble)
東京芸術大学大学院修了、「トムとジェリー」とB級映画とパンダを愛するピアノ奏者。
「トムとジェリー」からはクラシック音楽の神髄を、
B級映画からはお金がなくても面白いコトに挑戦する心意気を学ぶ。
パンダからは…?


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*オマケ話(gingapanda掲載の連動コラム)
フィギュア

オリンピック&世界選手権でフィギュアスケートにしばらくハマっていました。私の大好きなスルツカヤちゃんの『トスカ』は普通なら「歌に生き恋に生き」を選びそうなところを「星は光りぬ」などカヴァラドッシ中心の渋い編集でびっくり、そしてプルシェンコの『カルメン』にはやっぱりベアーズの大進撃を思い出してしまい苦笑(ロシアの人は知らないだろうけど)。ヒューズのエキシビションでの「You'll never walk alone」は映画『乙女の祈り』のエンドタイトルにも使われていた曲で、つくづくアメリカってこういうメッセージ的使い方がうまいなあと感心。残念だったのはこれで見納めのエルドリッジの曲がヴァンゲリスだったこと。クラシックかそれこそ「You'll never walk alone」みたいな曲ならほんとに泣ける美しさだったはずなのに。

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