「人知れぬ涙(愛の妙薬)」2002-05-22

映画に登場するオペラ作品の数々をとりあげて、
わかりやすく楽しく紹介するコラムです。
この映画もう一回見直してみよう、オペラっておもしろいんだね、って
少しでも思っていただけると嬉しいです。


映画を見たらオペラも見ようよ
第19回「人知れぬ涙」だけでほんとにもう死んでもいいの?
~テノール名アリア その3

テノールシリーズ最終回は弱々しいヒーローにハッピーエンドが訪れる『愛の妙薬』です。最高にハッピーなネモリーノが歌う有名なアリア「人知れぬ涙」はこんな歌詞。

「ひそかな涙が彼女の目にうかんだ/はしゃぐ娘たちをうらやんでいるように思えた/これ以上何を求めようというのだ?/僕を愛している、そう、僕を愛していると判ったのだ/一瞬彼女の美しい心のときめきを聞いた!/僕と彼女の吐息が少しの間一緒になった!/神様、もう死んでも構いません!/もう何も求めません!」

前回のカヴァラドッシはトスカを愛しているから死ぬのは嫌だと歌い、ネモリーノは愛されているとわかったから死んでも構わないと歌う、どう考えても男らしいとは言えないのに、それでもウットリさせてくれるのがテノールマジック。そこまで思いつめるほどのお話なのかと思ったらこれがまた大間違いで、『愛の妙薬』はのどかな人情喜劇なのです。

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1幕1場、農園。農夫ネモリーノは密かにアディーナを愛しているが高嶺の花となかば諦めている。アディーナは「トリスタンとイゾルデ」の本を人々に読みきかせ、愛の妙薬の効能を読んで笑う。ネモリーノは切実にその薬が欲しいと願う。そこへ軍隊が到着、ベルコ-レ軍曹が大胆にアディーナに求婚するが軽くあしらわれる。ネモリーノも勇気を出して愛を打ち明けるがやはり相手にされない。2場、広場にインチキ薬売り行商のドゥルカマーラが登場。妙薬が欲しいと真剣に訴えるネモリーノにドゥルカマーラは安ワインを妙薬だと高値で売りつけ、利き目があらわれるまでに一日かかる(どうせ明日は次の村)と念をおす。ネモリーノは妙薬(ワイン)を飲んで上機嫌になり、からかうアディーナに、明日になれば自分を愛するようになると自信たっぷりに答えるが、彼女があてつけにベルコーレと今日結婚するというので慌てる。

2幕1場、披露宴の準備の中、ネモリーノはドゥルカマーラに薬をもうひと瓶たのむが金がないので断られる。金がないなら軍隊にとベルコーレに誘われたネモリーノは入隊金をもらって薬を買うことにする。2場、ネモリーノの叔父さんが亡くなり遺産が彼のものになったと聞きつけた女達がネモリーノをちやほやするが、その知らせをまだ知らないネモリーノは妙薬が効いたと思い込む。アディーナはドゥルカマーラから、ネモリーノが入隊金で妙薬を買ったと聞き、彼の一途な愛に感動し涙ぐむ。ドゥルカマーラは今度はアディーナに妙薬を売りつけようとするが、アディーナは妙薬より私の魅力のほうが効果的だとはねつける。彼女の涙を見て愛されていると分かったネモリーノは「神様もう死んでも構いません!」と歌う。アディーナはベルコーレから入隊契約書を買い戻し、ネモリーノに永遠の愛を誓う。それを見たベルコーレはアディーナを諦めて出発、ドゥルカマーラも懲りずに妙薬を売りながら旅立つ。
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ネモリ-ノは最後までドゥルカマーラのおかげ(ある意味そうでもあるが)と信じていたりするお人好し。先行き不安を感じてしまいますが、しっかり者の奥さんと末永くお幸せに暮らしていただきたいものです。

では『愛の妙薬』の使われた映画、ヨーロッパ各国の3本を。

まずはイタリアから、わが娘をスタ-にと躍起になる母親を描いた『ベリッシマ』。ヴィスコンティ初期の名作で『愛の妙薬』にも通じる人情喜劇です。タイトルバックに「そんな事ってあるかしら」(2幕2場の噂話のコーラス)が芝居っ気もなく楽譜を見ながら歌われ、曲が終わると映画の子役募集のニュースが読まれてラジオの生放送だったとわかる粋なオープニング。娘の寝顔に愛情をもって流れる「なんと美しい、なんと可愛い」(1幕1場のネモリーノのアリア)など、全編に『愛の妙薬』が見事に引用(編曲)されます。(「人知れぬ涙」は使われていません。)

ロシア映画で「人知れぬ涙」が意味ありげに使われたのが『機械じかけのピアノのための未完成の戯曲』。「芸術は貴族のものだ」などと偉ぶる大人たち。悪戯で「人知れぬ涙」のレコードをかける少年はこの曲にどんな思いを抱いているのか。しかし難解な題名とは裏腹な人情喜劇と解釈することもできそうです。

フランスの名作(でありながらおフランス風メロドラマとけなされたりもする)『かくも長き不在』にも「人知れぬ涙」が使われます。カフェの女主人アリダ・ヴァリは、オペラを口ずさみながら店の前を通る浮浪者を見て愕然とする。昔収容所へ連行された夫と瓜二つだったのだ。しかし彼は記憶を失っていた…彼の記憶を呼び戻すために店のジュークボックスをオペラに入れ替えたヴァリが聴くのが「人知れぬ涙」。彼はオペラなんか聴かなかったのに、と言う親戚たち。しかし収容所に一緒に連れられたいとこから教わったのだろうと、どうしても夫だと信じたいヴァリに泣けるシーンです。

ちなみに浮浪者が歌っていたのは『セヴィリアの理髪師』からの2曲。 ということで次回は『セヴィリアの理髪師』のアリアが使われた映画をまとめてご紹介しましょう。

◇『ベリッシマ』BELLISSIMA(1951伊)
監督:ルキノ・ヴィスコンティ
音楽:フランコ・マンニーノ
出演:アンナ・マニャーニ/ワルテル・キアーリ

◇『機械じかけのピアノのための未完成の戯曲』AN UNFINISHED PIECE FOR A PLAYER PIANO(1976露)
監督:ニキータ・ミハルコフ
音楽:エドゥアルド・アルテミエフ
出演:アントニーナ・シュラーノワ/アレクサンドル・カリャーギン

◇『かくも長き不在』UNE AUSSI LONGUE ABSENCE(1960仏)
監督:アンリ・コルピ
音楽:ジョルジュ・ドルリュー
出演:アリダ・ヴァリ/ジョルジュ・ウィルソン

◆『愛の妙薬』L'ELISIR D'AMORE(1832初演)2幕
作曲:ドニゼッティ G.Donizetti(1797-1848)
原作:スクリーブ「惚れ薬」
台本:ロマーニ

川北祥子(stravinsky ensemble)
東京芸術大学大学院修了、「トムとジェリー」とB級映画とパンダを愛するピアノ奏者。
「トムとジェリー」からはクラシック音楽の神髄を、
B級映画からはお金がなくても面白いコトに挑戦する心意気を学ぶ。
パンダからは…?


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*オマケ話(gingapanda掲載の連動コラム)
ジョン・ウー

『フェイス/オフ』ではニコラス・ケイジが『魔笛』を聴くシーンがありましたが、ウー監督のTVムービー『ブラックジャック』(1998米)でも凶悪犯が「人知れぬ涙」を聴いていました。どちらも意味不明。イタリア系だってこと?でも『魔笛』はドイツ語だし…こういうのが気になると映画に集中できないんですけど…ところで実はウー監督大好きです(どうぞバカにして下さい)。いつまでも無茶なストーリーとハトと二丁拳銃でB級アクションの王道を突き進んでほしいです。ハイもちろん『フェイス/オフ』肯定派です。実はトラボルタも大好きで(どうぞバカにして下さい)…

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