アマデウス2002-02-08

映画に登場するオペラ作品の数々をとりあげて、
わかりやすく楽しく紹介するコラムです。
この映画もう一回見直してみよう、オペラっておもしろいんだね、って
少しでも思っていただけると嬉しいです。


映画を見たらオペラも見ようよ
第16回 アマデウスのいろいろありすぎてどれから見たらいいかわからないOPERAのすべてについて教えましょう
~で結局死因は?

『アマデウス』(1994米)はモーツァルトのミドルネームを広く知らしめ、サリエリにモーツァルト殺しのイメージを定着させました。偶然同年の『くたばれアマデウス!』(1984独)でもモーツァルト殺しの意外な真犯人が論じられました。死因はどちらもフィクションですがオペラに関するエピソードは事実に基づいているので、今回はこの二本に登場するモーツァルトのオペラベスト5『後宮からの誘拐』『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』『コシ・ファン・トゥッテ』『魔笛』を一挙にご紹介しましょう。

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◆『後宮からの誘拐』
貴族の娘コンスタンツェとその召し使いブロンデは航海中に海賊の捕虜となり、トルコの太守セリムに売られ彼の後宮に囲われているが、コンスタンツェは言い寄るセリムを断固として拒否し続けている。そこへコンスタンツェの恋人ベルモンテが召し使いペドリロから居場所を知らされて救出にかけつける。見張りのオスミンも簡単に眠らせ4人の脱出計画は成功するかに見えたがあと一息の所で捕まってしまい、さらにベルモンテの父がセリムと宿敵同士とわかり絶体絶命となるが、セリムは「悪には善によって報いよう」と4人を釈放し、全員がセリムの徳を讃えて幕となる。
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あのトム・ハルスのモーツァルトに「ハーレムが舞台で面白いんだよ」なんて言われると期待してしまいますがそれほどの話でもありません。「囲われている」と言いつつ、当時のお芝居では女性は「誘惑の危機」から「すんでのところで」逃れるというお約束になっていますからコンスタンツェも「まだ」無事で、ご丁寧にも「どんな拷問も死も(貞操を失うことに比べれば)怖くありません!」と立派なアリアを歌ってくれます。『アマデウス』に登場したのはこの2幕のアリアと3幕フィナーレ。フィナーレの意外な釈放は当時の「寛容な啓蒙君主」に対するゴマスリと言われ、つまりヨゼフ2世も大満足というわけです(音が多いとか文句言ってたのはテレ隠し?)。

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◆『フィガロの結婚』(ストーリーは第9回参照)
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このコメディが「階級の間の対立を生む」(ヨゼフ2世)という実感は現在ではあまりありませんが、『くたばれ』での「伯爵がダンスならいつでもギターを弾いてやろう」というフィガロのアリアはとても皮肉っぽく聞こえます。『アマデウス』に出てきたのは冒頭の二重唱(リハーサル)、3幕フィナーレの結婚のバレエ、伯爵が許しを乞う4幕フィナーレ。フィナーレではアクビが大問題になっていましたが、3時間以上も聴いていれば面白くても疲れますよね?観に行く時には食事にも要注意。お腹がすいていては長時間耐えられないしお腹一杯だと眠ってしまうし…

『フィガロ』は特に有名なので映画への引用も数えきれませんが、その中で私のちょっと気になるのが4幕のバルバリーナの「なくしてしまったわ」というアリア。オペラの中では手紙を止めていたピンを落としてしまって探しているだけの小さな曲(貞操を失くしたという説もあるものの)ですが、『カオスシチリア物語』(1984伊)では母親の歌っていた曲として、『伴奏者』(1992仏)では歌手の夫のお気に入りの曲として、深い悲しみをもって流れます。ヨーロッパ映画でのこの使われ方には何か特別の意味があるのでしょうか。

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◆『ドン・ジョヴァンニ』
騎士長の屋敷に押し入ったドン・ジョヴァンニは、娘アンナを誘惑しようとして騎士長と決闘になり殺してしまう。アンナは恋人オッターヴィオとともに復讐を誓う。ドン・ジョヴァンニが次に声をかけたのは偶然にも彼に捨てられて追ってきたエルヴィラだったが、ドン・ジョヴァンニの従僕レポレロがうまく主人を逃がす。ドン・ジョヴァンニは村の花嫁ツェルリーナも誘惑するが失敗、ツェルリーナと花婿マゼットも彼を追う。皆から逃げたドン・ジョヴァンニの所へ騎士長の石像が現われ懺悔するように命令するが、ドン・ジョヴァンニが決然と断ると地獄の火が彼を包み込む。
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このオペラ最大の見せ場はやはり「ドン・ジョヴァンニの地獄落ち」でしょう。『虚栄のかがり火』(1990米)では逮捕目前まで追い詰められたトムハンクスが『ドン・ジョヴァンニ』を観に行き、地獄のかがり火の恐ろしいシーンに自分の姿を重ねていました。『アマデウス』でも煙が吹き出す演出(当時に可能?)。対照的にとても美しくて人気なのが二重唱「手をとりあって」。ジョニー・デップが自分をドンファンと思い込んでいる青年を演じる『ドンファン』(1995米)ではあくまでもロマンティックに使われていましたが、実際には誘惑するドン・ジョヴァンニと結婚式当日というのに誘いに乗ってしまうツェルリーナの二重唱なのでもう少し複雑な意味合い。『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1981米)のジェシカ・ラングは夫が寝室でこの曲のレコードをかけているのでニコルソンの誘いに乗れません。『バベットの晩餐会』(1987デンマーク)では歌のレッスンでこの曲をデュエットしながら先生にキスされ、敬虔な姉妹はその日限りでレッスンを断ってしまいます。ちなみにこの先生、公演シーンでは「セレナード」、鼻歌では「酒の歌」を歌うという『ドン・ジョヴァンニ』づくしですが、ほんとうはとても誠実な人で、原作によればキスもあくまでも役の上で気持ちが高ぶったとのこと。それに『ドン・ジョヴァンニ』でも「誘惑は未遂に終わる」ルールは守られているのですが。

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◆『コシ・ファン・トゥッテ』
青年士官グリエルモとフェランドは自分の婚約者の貞節を信じ、女はみな移り気だと主張するドン・アルフォンソと賭けをする。二人は急に戦地に赴くことになったと芝居をうち、それぞれの婚約者で姉妹のフィオルディリージとドラベラは貞節を誓って彼らを見送る。男達はすぐに異国の貴族に変装して戻り姉妹を誘惑するが簡単にはなびかないので安心する。しかしアルフォンゾに協力する小間使いのデスピーナにもそそのかされるうち、姉妹はついに浮気してしまい、アルフォンソは「女はみなこうしたもの(コシ・ファン・トゥッテ)」と勝利を宣言する。男達は士官に早変わり、彼らの帰還が告げられて大混乱ののち、一同はめでたく和解する。
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『くたばれ』では『ドン・ジョヴァンニ』の興行失敗の後「今度はイタリアの他愛ない話だから大丈夫さ」と言って序曲を弾いて聴かせます。その言葉通り他愛ないお話で美しい重唱がゆったりたっぷり味わえるオペラ。『ハーモニー』(1996豪)は精神病院のセラピー活動で患者に『コシ』を上演させるというコメディ。元のオペラを知っていたほうが断然面白いので『コシ』を見てから是非。『マイ・レフトフット』(1989アイルランド)はフェランドが恋人の貞節を確信して歌うアリア「恋人の優しい息吹は」のレコードを左足でかけるシーンから始まります。

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◆『魔笛』
夜の女王から誘拐された娘パミーナの肖像画を見せられたタミーノは彼女を助け出すと誓う。鳥屋のパパゲーノも同行することになり二人には魔法の鈴と笛が与えられる。パミーナの捕えられているザラストロの神殿に入った二人は見張りに鈴で魔法をかけ彼女を救うが、出会った僧侶から、パミーナの父が亡くなる前に神殿の人々に託した「太陽の世界」を女王が取り戻そうとしているのだと聞かされる。女王はザラストロを殺すよう娘に命令するがザラストロは復讐でなく愛によって行動するよう説く。タミーノとパパゲーノは神殿の人となるための試練を魔笛の力を借りて乗り越え、それぞれの理想の女性パミーナ、パパゲーナと結ばれる。パミーナを力づくで取り戻そうとした女王は雷に打たれて奈落に落ち、太陽の世界の勝利を一同が祝って幕となる。
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『くたばれ』ではザラストロの崇高なアリア「イシスとオシリスの神よ」が使われ、フリーメイソンを讃えた作品では?という扱いでしたが、『アマデウス』では妻コンスタンツェの母親が怒っているような「夜の女王のアリア」や、パパゲーノの「恋人か女房か」「パパパ」の楽しい場面、リハーサルでのバカ騒ぎも見せて、大衆向きオペラという点が強調されていました。『魔笛』といえば『愛の嵐』(1973伊/米)の二人が『魔笛』を上演中の劇場の離れた席でお互いを意識するシーンが有名。意外な所では『フェイス/オフ』(1997米)の凶悪犯ニコラス・ケイジが手術のビデオを見ているシーンに「憩いは死の中にしかない」と絶望を歌うパミーナのアリアが流れているのが謎です。

ここで少しだけ豆知識。『後宮』『魔笛』はドイツ語で書かれ、歌と台詞が完全に分けられたジングシュピール=歌芝居というスタイル。『フィガロ』『ドン・ジョヴァンニ』『コシ』はイタリア語で書かれ、台詞の部分も軽く歌うように作曲されていて、分類はオペラブッファ=喜歌劇(シリアスな要素もある『ドン・ジョヴァンニ』はドランマジョコーソ=諧謔劇とも呼ばれる)。この2つはモーツァルトが大きく発展させた大衆に人気のスタイルですが、補足するならモーツァルトは伝統的なオペラセリア=正歌劇にも『イドメネオ』『ティトの慈悲』などの傑作を残しています。台詞が歌われる点は同じですが、喜劇的な要素はなく神話や伝説的英雄を題材とする宮廷向きスタイルです(『イドメネオ』『ティト』はどちらも「慈悲」で終わるのでゴマスリ度も充分)。

さて『アマデウス』はアカデミー賞を8部門で獲得、主演男優賞にはトム・ハルスもノミネートされていましたがサリエリ役のエイブラハムが受賞しました。ハルスあってこその『アマデウス』なのに…彼のモーツァルトは天才への冒涜と受け取られたからとも言われますが、ではモーツァルト殺しのイメージが定着してしまったサリエリは冒涜じゃないのか?と考えるとやはりサリエリって可哀想。そのエイブラハムが殺し屋を演じた『ラストアクションヒーロー』(1993米)は映画と現実の世界がごっちゃになるパロディ&アクション?で、シュワルツェネッガーが初めて聴いたモーツァルト(『フィガロ』序曲)に感動して「あいつがモーツァルトを殺したのか?」と怒るのが笑えます。

『フィガロ』序曲は『大逆転』(1983米)で冒頭の朝の出勤シーンに使われ、タイヘンな騒動が起こりそうな感じを醸し出していました(エイクロイドが「伯爵がダンスなら」を口笛で吹くシーンも)。朝の出勤シーンといえばスコセッシ監督の『アフターアワーズ』(1985米)では、オペラではありませんがモーツァルトの「交響曲ニ長調」が異常な爽やかさで(?)響きます。

さて次回は、前回の斎藤さんにあえなく無視されてしまった『ニューヨークストーリー』第一話(スコセッシ監督)、『アマデウス』とアカデミー賞を競った『キリングフィールド』などに使われたプッチーニの『トゥーランドット』です。

◇『アマデウス』AMADEUS(1994米)
監督:ミロス・フォアマン
出演:トム・ハルス/F・マーレイ・エイブラハム

◇『くたばれアマデウス!』VERGESST MOZART(1994独)
監督:スラヴォ・ルーター
出演:アーミン・ミュラー=シュタール/マックス・ティドフ

◆『後宮からの誘拐』DIE ENTFÜHRUNG AUS DEM SERAIL(1782初演)3幕21曲
作曲:モーツァルト W.A.Mozart(1756-91)
原作:ブレツナーの戯曲
台本:シュテファニー

◆『ドン・ジョヴァンニ』DON GIOVANNNI(1787初演)2幕26曲
作曲:モーツァルト W.A.Mozart(1756-91)
原作:ドンファン伝説/ベルターティ「石の客」
台本:ダ=ポンテ

◆『コシ・ファン・トゥッテ』COSÌ FAN TUTTE(1790初演)2幕31曲
作曲:モーツァルト W.A.Mozart(1756-91)
原作:アリオスト「狂えるオルランド」ほか
台本:ダ=ポンテ

◆『魔笛』DIE ZAUBERFLÖTE(1791初演)2幕21曲
作曲:モーツァルト W.A.Mozart(1756-91)
原作:ヴィーラント「ルル」ほか
台本:シカネーダー

川北祥子(stravinsky ensemble)
東京芸術大学大学院修了、「トムとジェリー」とB級映画とパンダを愛するピアノ奏者。
「トムとジェリー」からはクラシック音楽の神髄を、
B級映画からはお金がなくても面白いコトに挑戦する心意気を学ぶ。
パンダからは…?


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*オマケ話(gingapanda掲載の連動コラム)
ラリーフリント

『アマデウス』を初めて見たのは居酒屋のテレビでした。音大生が集まる居酒屋なので、何か曲が出てくるたびにみんなが叫んでイントロクイズのようでした。そんな見方もあるけど(?)クラシック音楽が好きじゃない人にも『アマデウス』は面白いし、同じフォアマン監督がポルノ雑誌の発行者の生涯(?)を描いた『ラリーフリント』(1996米)はポルノに興味がなくても面白い(というかポルノを期待する人にはハズレ)。『ラリー』にはドヴォルザークの『ルサルカ』のポロネーズや「スタバートマーテル」(ちょうど『アマデウス』の「レクイエム」のように)などが使われていて渋いです。ビデオの箱を持ってくレンタル屋さんではちょっと勇気がいるのが難点。

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