『危険な情事』&『蝶々夫人』 ― 2000-08-01
映画に登場するオペラ作品の数々をとりあげて、
わかりやすく楽しく紹介するコラムです。
この映画もう一回見直してみよう、オペラっておもしろいんだね、って
少しでも思っていただけると嬉しいです。
映画を見たらオペラも見ようよ
第3回『危険な情事』の狂気は『蝶々夫人』から
~食事の時には無難な曲を?
あなたは誰かを食事に招いたらどんな音楽をかけますか?ジャズ?クラシック?オペラも甘い2重唱ならムード満点ですが、『危険な情事』のグレン・クローズの場合は『蝶々夫人』の自殺のシーンだったのです。思えばそれが狂気の始まりだったのかもしれません。
『蝶々夫人』のストーリーはみなさんご存知だと思いますがいちおう一通り。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
第1幕、長崎の丘の上の家でアメリカの士官ピンカートンが花嫁を待っている。しかし彼はこれは一時のお遊びで本国へ戻ってから本当の結婚をすると豪語し、立ち会う領事らは心配する。そこへ花嫁の蝶々さん一行が登場する。蝶々さんは栄えた家が没落し父は切腹して自分は芸者になった身の上を話す。三三九度を交わし宴が始まったところへ蝶々さんの伯父の僧侶が怒鳴り込み、秘かにキリスト教に改宗した蝶々さんをののしると、親類縁者たちも勘当だと怒り帰ってしまう。泣きじゃくる蝶々さんをピンカートンが優しくなぐさめ、蝶々さんは勘当されても幸せだと答えて甘い愛の2重唱となる。
第2幕1場。ピンカートンがアメリカに帰って3年が過ぎ、置いていったお金ももうわずか。彼はもう戻ってこないのではと言う女中スズキを叱りつけ、蝶々さんは「ある晴れた日に彼は帰って来る」と信じて待つ気持ちを歌い、幸せな再会を思い描く。そこへ領事が来てピンカートンが日本に帰ってくると告げる。蝶々さんのあまりの喜びように領事はピンカートンがアメリカで結婚した事を告げることができないまま帰っていく。遠くから船の入港の合図である大砲の音が聞こえ、喜ぶ蝶々さんはスズキと花を部屋にまいて(花の2重唱)彼を迎える準備をすると、港を眺めながら寝ずに夜を明かす(ハミングコーラス)。
第2幕2場、一夜明けた朝。待ち疲れて眠ってしまった子供を蝶々さんは寝室へつれていく。そこへピンカートン夫妻が現れ、スズキは泣きながらどんなに蝶々さんが彼の帰りを待ちわびていたかを訴える。ピンカートンは自分の犯した罪にいたたまれず「愛の家よさようなら」と歌い去り、夫人はせめて子供を引き取りたいと申し出る。物音を聞きつけた蝶々さんが奥からあらわれるが夫人を見て全てを悟り、子供を夫に渡す約束をする。皆を退かせた蝶々さんは仏壇に座り、父の形見の刀を取り出して「恥に生きるより名誉に死ぬ」という銘を読む。そこへかけこんで来た子供を抱きしめて「可愛い坊や」と別れを告げると、子供を遊びにいかせて蝶々さんは自ら刀を咽に突き立て、遠くからピンカートンが蝶々さんを呼ぶ声が聞こえる中で息絶える。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて『危険な情事』では、グレン・クローズと一夜限りのつもりで情事を楽しんだマイケル・ダグラスが、翌日のお誘いの電話に断りきれずに彼女の家で食事することになります。そこでかかっているのが蝶々さんの最後のアリア「可愛い坊や」。ダグラスはすぐ「蝶々夫人だね。初めて見たオペラだ。」と気付きますがその物語を思い出して少し気まずい思い。曲はオペラのラストシーンへと進み、彼は子供の頃その自殺のシーンが怖くて椅子の下に隠れたのを思い出します。クローズは「私の一番好きなオペラなの。」と微笑み、そして帰ろうとする彼に彼女は手首を切って追いすがります。これが最初のショッキングなシーンでした。
その後彼女は彼のオフィスに詫びに現れて仲直りに友達として『蝶々夫人』を見に行こうと誘いますが、ダグラスはきっぱり断ります。断られたクローズが家で1人床に座って聴くのが、2幕2場の始めで子供を寝かし付ける蝶々さんの子守唄。この曲はピンカートンが「蝶々さん、かわいい奥さん、バラの花を手に帰ってくるよ」と歌った曲にも似た劇中一番とも言える程美しい歌です。これを聴くクローズのシーンがまた、ただ聴いているだけなのに怖い!机の上にはメトロポリタン歌劇場のチケットが2枚。『危険な情事』はクローズのバケモノぶりの印象が強いですが、こんなシーンなどは、とてもていねいに作られた正統派サイコサスペンスという気がします。
マイケル・ダグラスつながりの『ウォ-ル街』(1987米)では、悪の道に足を踏み入れて羽振りのよくなったチャーリー・シーンが新しい高級アパートに恋人を招いて食事の時かけるのがヴェルディ『リゴレット』の「あれかこれか」。この曲は「どんな女も誘惑して自分のものにしてみせる」という自信に溢れたマントヴァ公爵のアリアで、まさにその時怖いものなしのチャーリー・シーンの心理を見事に表していたのではないでしょうか。そんな風に考えるともう食事の時もいいかげんな選曲はできませんね。あなたはどんな音楽をかけることにしますか?オペラならアリア集にしておくのが無難かも。もちろん「狂乱のアリア集」なんてのは避けましょうね。
次回はグレン・クローズがイメージ挽回?、オペラ歌手に扮する『ミーティングヴィーナス』。
◇『危険な情事』FATAL ATTRACTION(1987米)
監督:エイドリアン・ライン
音楽:モーリス・ジャール
出演:マイケル・ダグラス/グレン・クローズ
◆『蝶々夫人』MADAMA BUTTERFLY(1904初演)全2幕3場
作曲:プッチーニ G.Puccini(1858-1924)
原作:ロングの小説をもとにしたベラスコの戯曲より
台本:ジャコーザ/イッリカ
川北祥子(stravinsky ensemble)
東京芸術大学大学院修了、「トムとジェリー」とB級映画とパンダを愛するピアノ奏者。
「トムとジェリー」からはクラシック音楽の神髄を、
B級映画からはお金がなくても面白いコトに挑戦する心意気を学ぶ。
パンダからは…?
わかりやすく楽しく紹介するコラムです。
この映画もう一回見直してみよう、オペラっておもしろいんだね、って
少しでも思っていただけると嬉しいです。
映画を見たらオペラも見ようよ
第3回『危険な情事』の狂気は『蝶々夫人』から
~食事の時には無難な曲を?
あなたは誰かを食事に招いたらどんな音楽をかけますか?ジャズ?クラシック?オペラも甘い2重唱ならムード満点ですが、『危険な情事』のグレン・クローズの場合は『蝶々夫人』の自殺のシーンだったのです。思えばそれが狂気の始まりだったのかもしれません。
『蝶々夫人』のストーリーはみなさんご存知だと思いますがいちおう一通り。
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第1幕、長崎の丘の上の家でアメリカの士官ピンカートンが花嫁を待っている。しかし彼はこれは一時のお遊びで本国へ戻ってから本当の結婚をすると豪語し、立ち会う領事らは心配する。そこへ花嫁の蝶々さん一行が登場する。蝶々さんは栄えた家が没落し父は切腹して自分は芸者になった身の上を話す。三三九度を交わし宴が始まったところへ蝶々さんの伯父の僧侶が怒鳴り込み、秘かにキリスト教に改宗した蝶々さんをののしると、親類縁者たちも勘当だと怒り帰ってしまう。泣きじゃくる蝶々さんをピンカートンが優しくなぐさめ、蝶々さんは勘当されても幸せだと答えて甘い愛の2重唱となる。
第2幕1場。ピンカートンがアメリカに帰って3年が過ぎ、置いていったお金ももうわずか。彼はもう戻ってこないのではと言う女中スズキを叱りつけ、蝶々さんは「ある晴れた日に彼は帰って来る」と信じて待つ気持ちを歌い、幸せな再会を思い描く。そこへ領事が来てピンカートンが日本に帰ってくると告げる。蝶々さんのあまりの喜びように領事はピンカートンがアメリカで結婚した事を告げることができないまま帰っていく。遠くから船の入港の合図である大砲の音が聞こえ、喜ぶ蝶々さんはスズキと花を部屋にまいて(花の2重唱)彼を迎える準備をすると、港を眺めながら寝ずに夜を明かす(ハミングコーラス)。
第2幕2場、一夜明けた朝。待ち疲れて眠ってしまった子供を蝶々さんは寝室へつれていく。そこへピンカートン夫妻が現れ、スズキは泣きながらどんなに蝶々さんが彼の帰りを待ちわびていたかを訴える。ピンカートンは自分の犯した罪にいたたまれず「愛の家よさようなら」と歌い去り、夫人はせめて子供を引き取りたいと申し出る。物音を聞きつけた蝶々さんが奥からあらわれるが夫人を見て全てを悟り、子供を夫に渡す約束をする。皆を退かせた蝶々さんは仏壇に座り、父の形見の刀を取り出して「恥に生きるより名誉に死ぬ」という銘を読む。そこへかけこんで来た子供を抱きしめて「可愛い坊や」と別れを告げると、子供を遊びにいかせて蝶々さんは自ら刀を咽に突き立て、遠くからピンカートンが蝶々さんを呼ぶ声が聞こえる中で息絶える。
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さて『危険な情事』では、グレン・クローズと一夜限りのつもりで情事を楽しんだマイケル・ダグラスが、翌日のお誘いの電話に断りきれずに彼女の家で食事することになります。そこでかかっているのが蝶々さんの最後のアリア「可愛い坊や」。ダグラスはすぐ「蝶々夫人だね。初めて見たオペラだ。」と気付きますがその物語を思い出して少し気まずい思い。曲はオペラのラストシーンへと進み、彼は子供の頃その自殺のシーンが怖くて椅子の下に隠れたのを思い出します。クローズは「私の一番好きなオペラなの。」と微笑み、そして帰ろうとする彼に彼女は手首を切って追いすがります。これが最初のショッキングなシーンでした。
その後彼女は彼のオフィスに詫びに現れて仲直りに友達として『蝶々夫人』を見に行こうと誘いますが、ダグラスはきっぱり断ります。断られたクローズが家で1人床に座って聴くのが、2幕2場の始めで子供を寝かし付ける蝶々さんの子守唄。この曲はピンカートンが「蝶々さん、かわいい奥さん、バラの花を手に帰ってくるよ」と歌った曲にも似た劇中一番とも言える程美しい歌です。これを聴くクローズのシーンがまた、ただ聴いているだけなのに怖い!机の上にはメトロポリタン歌劇場のチケットが2枚。『危険な情事』はクローズのバケモノぶりの印象が強いですが、こんなシーンなどは、とてもていねいに作られた正統派サイコサスペンスという気がします。
マイケル・ダグラスつながりの『ウォ-ル街』(1987米)では、悪の道に足を踏み入れて羽振りのよくなったチャーリー・シーンが新しい高級アパートに恋人を招いて食事の時かけるのがヴェルディ『リゴレット』の「あれかこれか」。この曲は「どんな女も誘惑して自分のものにしてみせる」という自信に溢れたマントヴァ公爵のアリアで、まさにその時怖いものなしのチャーリー・シーンの心理を見事に表していたのではないでしょうか。そんな風に考えるともう食事の時もいいかげんな選曲はできませんね。あなたはどんな音楽をかけることにしますか?オペラならアリア集にしておくのが無難かも。もちろん「狂乱のアリア集」なんてのは避けましょうね。
次回はグレン・クローズがイメージ挽回?、オペラ歌手に扮する『ミーティングヴィーナス』。
◇『危険な情事』FATAL ATTRACTION(1987米)
監督:エイドリアン・ライン
音楽:モーリス・ジャール
出演:マイケル・ダグラス/グレン・クローズ
◆『蝶々夫人』MADAMA BUTTERFLY(1904初演)全2幕3場
作曲:プッチーニ G.Puccini(1858-1924)
原作:ロングの小説をもとにしたベラスコの戯曲より
台本:ジャコーザ/イッリカ

東京芸術大学大学院修了、「トムとジェリー」とB級映画とパンダを愛するピアノ奏者。
「トムとジェリー」からはクラシック音楽の神髄を、
B級映画からはお金がなくても面白いコトに挑戦する心意気を学ぶ。
パンダからは…?
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