『ミーティングヴィーナス』&『タンホイザー』2000-08-24

映画に登場するオペラ作品の数々をとりあげて、
わかりやすく楽しく紹介するコラムです。
この映画もう一回見直してみよう、オペラっておもしろいんだね、って
少しでも思っていただけると嬉しいです。


映画を見たらオペラも見ようよ
第4回『ミーティングヴィーナス』と『タンホイザー』の
メイクミラクル?
~奇蹟はお見逃しなく

ヨーロッパ各国の歌手競演によるオペラ公演のため理想に燃えてパリにやって来たハンガリ-人指揮者。しかし彼を待ち受けていたのは商業主義の主催者、組合がトラブるオーケストラや合唱団、優秀だが個性的すぎる歌手たち…そんな中で自分も昔の恋人に出会ったり、あろうことかエリ-ザベト役の歌手(グレン・クローズ)と不倫の恋に落ちてしまったり。絶望的状況でむかえた初日、果たしてオペラと同じように公演にも奇蹟は起こるのだろうか?

オペラ『タンホイザー』上演の舞台裏を描くなどというとても売れなさそうなこの映画、しかしなかなかの名作です。豪奢な劇場(映画ではパリになってますがクレジットによればハンガリ-国立歌劇場のようです。ヨーロッパで最も美しい歌劇場の一つ)を舞台に、キリ・テ・カナワやレネ・コロなど超豪華歌手の声(吹き替え)もたっぷり聴けるので、オペラ入門としても楽しめそう。

ただ根底に流れるヨ-ロッパ各国間の国民感情も日本人の私達にはあまりピンと来ないし、肝心の『タンホイザー』の説明も全然ありません。国民感情ネタは仕方ないとしても、特にオペラの最後でタンホイザーの救済を意味する「新芽がふいた杖=奇蹟」というのは重要なポイントなので、それだけは絶対におさえておきたいところ。まあそれだけと言わずに一通りのお話を頭に入れておけば、またちょっと楽しい見方ができるかも知れません。グレン・クローズに現実逃避していく指揮者は3幕のヴェーヌスに救いを求めるタンホイザーみたいだとか(実際『タンホイザー』は中世の騎士というより芸術家の、「現実」に勝ちえない「芸術」の話だと分析する人もいます)。それに映画の題名『ミーティング・ヴィーナス』(ヴィーナス=ヴェーヌス)の意味も考えてみたいですね。

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1幕1場、愛の女神ヴェーヌスの洞窟でくりひろげられる踊りと宴。2場、歓楽にふけっていたタンホイザーだが今やそれにも飽きてもとの生活に戻りたいと言う。ヴェーヌスは甘い言葉で引き止め、裏切り者とののしるが、タンホイザーが平安と休息は聖母マリアにあると叫ぶと彼女は消え去る。3場、気がつくとタンホイザーはヴァルトブルグ城近くの谷にいる。牧童が美しい5月をたたえ、巡礼が歌いながら通り過ぎる美しい光景にタンホイザーは祈りを捧げる。4場、その彼を通りかかった領主らが見つけ、行方不明のタンホイザーが戻ってきたと喜ぶ。タンホイザーは罪の意識からその場を去ろうとするが、親友ヴォルフラムからエリーザベトのためにと言われて彼女への愛を思い出し、城に戻る決心をする。

2幕1場、ヴァルトブルグの歌の殿堂。エリーザベトはタンホイザーが帰還して再び歌合戦に参加する喜びを歌う(殿堂のアリア)。2場、そこへタンホイザーが現れて2人は激しく再会の喜びを歌う。ヴォルフラムは秘かにエリーザベトを慕っていたがその想いを断ち切る。3場、歌合戦の開幕を告げるラッパが響く。4場、有名な行進曲とともに人々が集まり歌合戦が始まる。歌の課題は「愛」で、みな敬虔な愛を讃えて歌うが、タンホイザーだけは愛とは歓楽だと言ってヴェ-ヌス賛歌を歌い、ヴェーヌスブルグへ行った事すなわち堕地獄の罪が露見して一同騒然となる。騎士たちは剣を抜くがエリーザベトが必死に彼をかばい、タンホイザーも悔悟する。領主は彼に法王の赦面を得るべく巡礼に出ることを命ずる。タンホイザーは「ローマへ!」と叫んで旅立つ。

3幕1場、1年後。城の近くの谷を赦免された巡礼の一団が通りかかるが、その中にタンホイザーの姿はない。エリーザベトはマリア像に自分の命と引き替えに彼の罪を赦してほしいと祈る(祈りのアリア)。2場、ヴォルフラムは天に向かう彼女を守ってくれと夕星に祈る(夕星の歌)。3場、日が暮れるとやつれきったタンホイザーが現れ、ヴォルフラムに巡礼の話を語り聞かせる(ローマ語り)。法王は、ヴェーヌスブルグにひとたび留まった者は永遠に呪われ、枯れた杖に再び新芽がふくことがないように決して救済されることはない、と宣言したというのだ。絶望したタンホイザーがヴェーヌスの名を呼ぶと彼女は姿をあらわし彼を誘うが、ヴォルフラムがエリーザベトの名を呼ぶとタンホイザーは正気にかえりヴェーヌスの姿も消える。そこへエリーザベトの葬列が近づき、タンホイザーは棺にすがりつき息絶える。朝焼けとともに新緑をつけた杖を持った巡礼たちが現れ、救済と奇蹟を讃える。
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ピンク色の部分は映画に出てきた公演シーン。ちなみに映画に出てきたリハーサルシーンは、1幕4場でヴォルフラムらがタンホイザーを迎えるシーン、3幕1場の巡礼のコーラス、1幕2場でタンホイザーを引き止めようとするヴェーヌス、2幕1場エリーザベトの殿堂のアリア、1幕3場の牧童の歌、3幕3場タンホイザーのロ-マ語り、2幕2場で再会したタンホイザーとエリーザベトの喜びの2重唱(ラブラブの指揮者とグレン・クローズが歌う!)。少しずつとはいえ聴きどころはほとんど網羅されています。

さてこれまでにご紹介してきたヴェルディとプッチーニがイタリアオペラの黄金期を代表する作曲家とするならば、ドイツオペラのそれはワーグナーとリヒャルト・シュトラウスでしょう。そしてドイツオペラの最初の1本にお薦めしたいのがこの『タンホイザー』。ストーリーこそ自己犠牲による救済などという堅いイメージではありますが、映画の中でお聴きになってもお分かりのように決して難しくなく、むしろ『スターウォーズ』のような誰もがわくわくさせられる音楽です。

そんなロマン派最高峰とも言える(まあその後は近現代の時代になりますし)スケールの大きいオーケストラは、もちろん伴奏にはとどまらず歌と一体となってドラマを創り上げ、その重厚な音楽は幕を通して絶えまなく続けられます(無限旋律、つまりは幕が終わるまで続き、拍手ができない)。また人物や感情、場所などを表す特定のメロディや音型(ライトモティーフ)を徹底して用いているのもワーグナーの大きな特徴。この作曲法は例えばロールプレイングゲームで勇者や戦闘、教会などにそれぞれ独自の音楽が割り当てられ切り替わるのを想像していただければ分かり易いと思います。こういった手法は初期の『タンホイザー』ではまだ徹底されているとは言えませんが、のちに「楽劇」という新しいスタイルとして確立されます。

後期の「楽劇」はとにかく壮大な作品ばかりで、上演時間も『指環(リング)』と呼ばれる4作シリーズは計15時間、『トリスタンとイゾルデ』には1時間かかる愛の2重唱なんてのもあるほどです。しかし長くて難解と言われるワーグナーにも実はハマりやすい要素が満載。例えば神話や中世叙事詩からワーグナーが創作した『指環』はまさに『スターウォーズ』やロールプレイングゲームに通ずるファンタジーの世界観です。絶対の権力を持つ指環をめぐるこの物語は、地底、地上、天上を舞台に神や巨人や小人も入り乱れ、財宝の中から苦難の剣を見つけたり、しゃべる小鳥に救われたり、自由に変身できる隠れ頭巾やら黄金のリンゴやらのアイテムもゲームさながらで、マニアックなファンが多いのもうなずけると同時に、意外に誰にでも楽しめるもの。特に『ミーティング・ヴィーナス』で少しでも血が騒いだアナタは「ワグネリアン(ワーグナーの熱狂的崇拝者)」の素質充分、ぜひ『タンホイザー』や『指輪』に次の一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

(おうちで聴く時には音量に注意しましょう!クラシックの中でも特にダイナミックレンジが広いワーグナーは、映画でも「もっと弱く聴こえないくらいで」なんて指揮者が注文つけていた冒頭にボリュームを合わせたりするとすぐに轟音になってしまいます。)

オペラではありませんが劇中グレン・クローズがリサイタルで歌っていた「君は花のように」(シューマンの歌曲集「ミルテの花」より)も美しい曲。「君は花のようにやさしく美しく清らかだ/神が君をこのまま優しく美しく清らかに守れと祈っていたい」(ハイネ詩)、愛の歌といえばイタリアと思われがちですがなかなかどうしてドイツ歌曲もロマンティックですね。

次回もオペラの舞台裏、夏らしく?ホラー映画『オペラ座・血の喝采』。

◇『ミーティングヴィーナス』MEETING VENUS(1991米)
監督:イシュトヴァーン・サボー
音楽:ワーグナー『タンホイザー』より
出演:グレン・クローズ/ニールズ・アレストラップ

◆『タンホイザー』TANNHÄUSER(1845初演)全3幕
作曲:ワーグナー R.Wagner(1813-83)
原作:中世伝説などに基づく
台本:作曲者

川北祥子(stravinsky ensemble)
東京芸術大学大学院修了、「トムとジェリー」とB級映画とパンダを愛するピアノ奏者。
「トムとジェリー」からはクラシック音楽の神髄を、
B級映画からはお金がなくても面白いコトに挑戦する心意気を学ぶ。
パンダからは…?


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*オマケ話(gingapanda掲載の連動コラム)
グレン・クローズ

<『ミーティングヴィーナス』は大好きな映画で、「ベストをつくせば、必ず花開く」というメッセージを映画から受け取りました。>という、連載初めてのお便りをいただきました。ありがとうございました!私はそれに加えて「今日奇跡が起こってもまた明日は戦いだ」という(のか?)ラストシーンの指揮者のフクザツな表情に、ベストを尽くし続けなければならないのが人生なんだなあと思ったりもしました(きゃ~真面目になっちゃった!あはは)。それにしてもこの映画のグレン・クローズはほんとうに素敵な女性なのですが『危険な情事』を見てしまった後ではいつ怪物に豹変するのかとヒヤヒヤ、いやもう全編がギャグかと思ってしまうほどです。不倫相手の家庭を壊しちゃいけないと身を引き、彼がガンガンドアを叩いても開けないで泣きながらじっと耐える姿には苦笑してしまいます。本人には全く罪はない、というよりそれだけ名優ってことですが…