『プリティウーマン』&『椿姫』2000-07-05

映画に登場するオペラ作品の数々をとりあげて、
わかりやすく楽しく紹介するコラムです。
この映画もう一回見直してみよう、オペラっておもしろいんだね、って
少しでも思っていただけると嬉しいです。


映画を見たらオペラも見ようよ
第1回『プリティウーマン』を見たら『椿姫』も見ようよ
〜白馬の騎士は『椿姫』にのってやってきた!

『プリティウーマン』といえばロイ・オービソンの主題歌がまっ先に浮かびますが、感動のラストシーンに流れていた曲はヴェルディの『椿姫』、2人がチャーター機で見に行ったオペラでした。ジュリア・ロバーツは初めてオペラを見て涙ぐんでいたけれど、『椿姫』の原題は「道を踏み外した女」の意味、そしてストーリーは高級娼婦ヴィオレッタと若者アルフレードの身分違いの悲恋物語。そう思うとロバーツの涙はもっと複雑、単なる感動ばかりではないようにも思えてくるかも…そんな、映画を見る時に知っているとちょっと面白いオペラの話題と、じゃあオペラも見てみようかなという方へのガイドをこれからお届けしていきたいと思います。

さて『椿姫』がどんなお話かと言うと…(ピンク色の部分は映画に出てきたシーンです。)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
第1幕。もの悲しく始まる前奏曲はやがて甘いメロディとなって終わる。幕が開くとそこはパリの華やかなサロン。乾杯のあと、アルフレードはヴィオレッタに一途な愛を打ち明け、笑ってとりあわないヴィオレッタとの2重唱になる。ヴィオレッタは彼が帰ってから「きっとこれが本当の愛、でも私は快楽に生きるわ」と自分に言い聞かせるが、外から聞こえる彼の愛の歌にもはや逆らうことはできない。

第2幕第1場。2人は田舎で一緒に暮らしている。アルフレードは愛の生活のすばらしさを歌うが、実はその生活を支えるためにヴィオレッタが彼女の全財産を処分していたことがわかり、気付かずにいた自分を恥じて金の工面に出かける。そこへアルフレードの父ジェルモンが訪ねて来る。ジェルモンは息子が娼婦に貢がされていると思ってやって来たのだが誤解だったとわかる。しかし2人の噂で娘が結婚できないので別れてほしいと頼む。ヴィオレッタは戻って来たアルフレードに熱い想いを歌って去り、別れの手紙を送る。何も知らずに裏切られたと怒ったアルフレードは、故郷の話で慰めようとするジェルモンを振り払い、復讐をとヴィオレッタの後を追う。

第2幕第2場。パリのサロン。アルフレードはヴィオレッタと一緒にやって来た男爵にトランプ勝負を挑み、勝ちまくったその金を「私のためにおまえが失った財産を返してやる」とヴィオレッタにたたきつける。男爵はアルフレードに決闘を申し込む。

第3幕。第1幕と同じ前奏曲は、しかしもの悲しいままで終わる。田舎では良くなっていた肺病が再び悪化したヴィオレッタは、ジェルモンから届いた「アルフレードに全てを話したからすぐにあなたを訪ねるはずだ」という手紙を心の支えに待ち続けてきたが「もう全ては終わってしまうのだわ」と絶望している。そこへアルフレードが戻って来て2人は熱く抱擁し「また田舎で一緒に暮らそう」と歌うが、時すでに遅く、ヴィオレッタは最期の瞬間「不思議に力がよみがえって来たわ。なんて嬉しい事!」と叫んで息絶える。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

オペラって歴史や神話ばかりでなく、こんな昼メロみたいなお話もたくさんあるんですよ。昼メロならいけそうっていう方には正統派悲恋『椿姫』『ボエーム』や不倫もの『カヴァレリアルスティカ−ナ』『道化師』あたりがお薦めです。もちろん大河ドラマ派にもコメディー派にもラインナップは豊富ですし、「オペラを見るには最初が肝心、好きなら一生の友になるし嫌いならオペラは君の魂にはならない」(ギアの台詞)そうなので、まずは自分の趣味に合った1本を見てみてはいかがでしょうか。イタリア語がわからなくても「音楽は言葉を超えた芸術」(同)だし、字幕もあるから大丈夫。ストーリーはこのコラムでも紹介していくので参考にしてみて下さいね。

ところで『プリティウーマン』のラストで流れるのは、2幕でヴィオレッタが「私を愛して」と歌い去ってしまう箇所ですが、私としては1幕のアルフレードの愛の告白を使ってほしかったです。この告白は1幕最後のヴィオレッタのアリアでは窓の外から聞こえて来るのでぴったりだと思うのですが…と文句を言いつつ、やはり『椿姫』が流れると、軽快な挿入歌が多かっただけに不意をつかれて思わず涙。曲はそのままエンドタイトルにつながり、もう涙が止まりません。それからピアノのシーンではリチャード・ギア本人が弾きしかも自作(即興?)!ミュージシャンでもあるギアならではのかっこいいシーンでしたよね。

『椿姫』は『流されて』(1974伊)でも使われています。上流階級の人妻と使用人の男が遭難して無人島に流れ着き、立場が逆転して人妻は野蛮な男に仕えることに悦びを見い出していくのですが、ある時船が現れ、そこで突如鳴り響くのが3幕のヴィオレッタの「全ては終わってしまったのだわ!」という箇所。人妻の心を見事に表していてイタリアならではの演出だと思いました。

また2幕のアルフレードのアリアは『ロザンナのために』(1997米)に使われています。イタリアの小さな街を舞台に、残り少ない街の墓地に眠りたいという重病の妻の最後の願いをかなえようと一生懸命な夫ジャン・レノの滑稽な苦戦ぶりを描くこの映画で、墓地用の土地をどうしても売らない地主がレコードで聴いているのがこの曲。ただそれだけのシーンですが、実はこの人物、プロポーズした女性に結婚を断られた過去があるのです。だからアルフレードが2人で過ごす生活のすばらしさを歌うこのアリアに若い自分の叶わなかった夢を重ね合わせているのかも、なんて想像するのも面白いのではないでしょうか。ちなみにレノは地主に取り入ろうとして、わかりもしないのに「それはカルーソー?」と聞いて「パヴァロッティだよ」と余計に機嫌をそこねます。みなさんもくれぐれもご注意を。

最後に『プリティウーマン』の2人が『椿姫』を観たサンフランシスコオペラハウスはアメリカの名門、さすがに格調高い雰囲気でしたが、コメディ映画『ファウルプレイ』(1978米)ではアクションシーンの舞台になってメチャメチャに荒らされます。『ファウルプレイ』についてもまたいつか。

次回はシェールとニコラス・ケイジがメトロポリタン歌劇場にデートに出かける『月の輝く夜に』。

◇『プリティウーマン』PRETTY WOMEN (1990米)
監督:ゲイリー・マーシャル
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演:リチャード・ギア/ジュリア・ロバーツ

◆『椿姫』LA TRAVIATA(1853初演))全3幕4場
作曲:ヴェルディ G.Verdi(1813-1901)
原作:デュマの小説「椿姫」からの戯曲
台本:ピアーヴェ

川北祥子(stravinsky ensemble)
東京芸術大学大学院修了、「トムとジェリー」とB級映画とパンダを愛するピアノ奏者。
「トムとジェリー」からはクラシック音楽の神髄を、
B級映画からはお金がなくても面白いコトに挑戦する心意気を学ぶ。
パンダからは…?

『月の輝く夜に』&『ボエーム』2000-07-17

映画に登場するオペラ作品の数々をとりあげて、
わかりやすく楽しく紹介するコラムです。
この映画もう一回見直してみよう、オペラっておもしろいんだね、って
少しでも思っていただけると嬉しいです。


映画を見たらオペラも見ようよ
第2回『月の輝く夜に』を見たら『ボエーム』も見ようよ
~メトロポリタン歌劇場でデート!

『月の輝く夜に』で印象に残るシーンは何と言ってもメトロポリタン歌劇場でのデートでしょう。シェールとニコラス・ケイジも、待ち合わせた噴水の前でお互いのドレスアップした姿に気付かずキョロキョロしていましたが、あれだけゴージャスなメトロポリタン歌劇場に出かけるとなると誰でも正装したくなりますよね。本当は最初で最後のデートのはずだったのにオペラを見るうちいつしか2人は手を絡ませ、帰り道ケイジはそれまで決して触れさせなかった義手の左手を差し出してシェールもそれに応えたのでした。そして2人が見た『ボエーム』もまた、月明かりの中で手が触れて恋に落ちたカップルのお話です。

ではその『ボエーム』のあらすじを。(ピンク色の部分は映画に出てきたシーンです。)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
第1幕。クリスマスイヴ、パリの屋根裏部屋で貧乏な芸術家が男4人で暮らしている。家主が家賃を取りに来るが4人は酒を飲ませて巧みに追い払う。やがて3人は街に繰り出し詩人のロドルフォが一人残って原稿を書いていると、階下に住むお針子のミミがロウソクの火を借りにやって来る。ロウソクが消え、ミミが床に落とした鍵を手探りで探すうち2人の手が触れると、月明かりの中で2人はすぐに恋に落ちて一緒に仲間のいるカフェに向かう。

第2幕。ロドルフォはミミを仲間に紹介する。そこへ仲間の1人マルチェッロの昔の恋人ムゼッタがパトロンとやって来るが、どうも彼女はマルチェッロにまだ気がある様子。そこで皆はまたもや巧みにパトロンを追い払い勘定書も彼に押し付けて、ムゼッタを連れて逃げ帰る。

第3幕。何週間か後、ロドルフォは肺病のミミを貧乏な自分ではどうすることもできず一緒にいるのは辛いとマルチェッロに話しミミもそれを聞いてしまう。2人は愛し合っているけれど別れようと決意する。その傍らでムゼッタとマルチェッロは喧嘩別れする。

第4幕。ロドルフォもマルチェッロも恋人が忘れられないがまた男4人愉快に過ごしている。そこへ残された時間をロドルフォと暮らしたいという瀕死のミミをムゼッタが連れて来る。皆は薬を手に入れるために持ち物を売ったりと手を尽くすが、その甲斐もなくミミは死んでしまう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

さてここで初めてオペラを見たシェールの感想を分析?してみましょう。

まず休憩でロビーに出て来たシェールは「まあ部分的にはよかったわね」と冷静。きっとこれは2幕の後の休憩でしょう。2幕までは6人の面白おかしい生活が描かれていてテンポも速く、笑っているうちに終わってしまいます。「部分的」というのは1幕のミミとロドルフォのシーンにはうっとりしたとか2幕の19世紀パリのカルチエラタンの装置は見事だったとか、そのあたり?

感動は3幕から。お互いをいたわって、愛し合っているけれど別れようという2人に、シェールの目から涙がこぼれケイジと手を握りあいます。やはり一番の名場面、誰もがこのあたりからしんみりしてくるはず。さあここからがヤバいのです!4幕は瀕死のミミがこれまでの思い出を歌う名旋律の走馬灯、それもなかなか死なないのでこれでもかと泣かされますよ。終演後のシェールも「病気だとは聞いてたけど死ぬとはね!結核?セキしてたけど歌ってたじゃない!」と皮肉っぽく話していましたが、誰もが泣かされたバツの悪さでそんな風に振る舞ってしまうのではないでしょうか。でも『ボエーム』は笑えて泣けるのが魅力なので、みなさんも素直に笑って泣かされてシェールと同じ道を辿りましょう。

「セキしてたけど歌ってた」「病気なのに太ってた」などとつっこむ人はよくいますが、まあそのくらいは許してあげて下さい。そもそも歌で会話してる事からしてヘンなんですから。ついでに言うとオペラは基本的に客席を向いて歌うので、例えば見つめ合ってるという設定なのに2人してこっちを向いてたりしてちっともリアルじゃないですし。生でなくDVDなどの映像で観る場合も、オペラそのものを味わうには「舞台を撮影したもの」をお薦めしたいですが、「映画仕立てのもの」ならその辺はリアルだったり、屋外ロケはもちろんCGまで駆使していたり、またゼッフィレッリ監督作品(上演の演出もしてますが)なんてのもありますのでお好みで。

さて『月の輝く夜に』は音楽にも時折『ボエーム』からの編曲が混じり、『ボエーム』の大道具を積んだメトロポリタン歌劇場の車が走る冒頭からボエーム&メト尽くしで、とにかくメトなしには成り立たない映画でしたね。

次回はメトに行かなかった2人、『危険な情事』。

◇『月の輝く夜に』MOONSTRUCK(1987米) 監督:ノ-マン・ジュイスン
音楽:ディック・ハイマン
出演:シェール/ニコラス・ケイジ

◆『ボエーム』LA BOHÈME(1896初演)全4幕
作曲:プッチーニ G.Puccini(1858-1924)
原作:ミュルジェールの小説「ボヘミアンの生活情景」
台本:ジャコーザ/イッリカ

川北祥子(stravinsky ensemble)
東京芸術大学大学院修了、「トムとジェリー」とB級映画とパンダを愛するピアノ奏者。
「トムとジェリー」からはクラシック音楽の神髄を、
B級映画からはお金がなくても面白いコトに挑戦する心意気を学ぶ。
パンダからは…?