『オペラ座・血の喝采』&『マクベス』2000-09-07

映画に登場するオペラ作品の数々をとりあげて、
わかりやすく楽しく紹介するコラムです。
この映画もう一回見直してみよう、オペラっておもしろいんだね、って
少しでも思っていただけると嬉しいです。


映画を見たらオペラも見ようよ
第5回『オペラ座・血の喝采』における『マクベス』考
~イタリアンホラーとイタリアオペラの血みどろな関係

ホラーは苦手な私ですがヴェルディの『マクベス』を上演するオペラ座が舞台のイタリア映画と聞けば見ないわけにはいかず、こわごわ見始めたファーストシーンはカラスの目に映る歌劇場。いかにも、と思ったらなんと『マクベス』の舞台にカラスがいるという奇抜な演出で歌手が演出家に文句をつけているところでした。ついに歌手は怒って出ていったところを車に跳ねられてしまって若いヒロインに急きょ代役が回ってくるのが物語の発端。

ヒロインは『マクベス』の上演は呪われるという噂を気にしながらも初日のその晩見事にマクベス夫人役をつとめて華々しくデビューします。ここまでブキミな場面は少しあるもののきっとこれは心理ホラーだねと油断した瞬間ああ~!出ました~!アルジェント的猟奇殺人シーン!それまで『マクベス』などシブい音楽だったのが一転してプログレ系になりメッタ刺し(そのへんの音楽はさすがです。それに音楽が止まるまで目をつぶってればいいし?)。その後はアルジェントらしくストーリーは崩壊してどんどん皆殺しの展開です。もうやめてお願い!

結局終わってみれば『マクベス』の呪いなど無関係で、連続殺人犯が捕まり事件は解決するのですが意味ありげなラストシーンが後味悪い事しきり。ヒロインのあの思わせぶりなセリフは何を意味するのか?そのヒントとしてマクベスが殺人をくり返す陰にマクベス夫人がいたことなど考えてみるのも面白そうです。

というわけでいちおうオペラでマクベスのストーリーをおさらいしておきましょう。(ピンク色の部分は映画に出てきたシーンです。)

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1幕1場、魔女たちがマクベスは国王に、バンコーは国王の父になるだろうと予言する。2場、マクベス夫人はその予言を聞いて野望を抱き、国王が来訪する今夜が王座を奪い取る絶好の機会だと、マクベスに国王暗殺をけしかける。その夜国王を殺してしまい怯えるマクベスを夫人は力づけ、証拠を隠す。明け方、惨殺された王が発見され一同騒然となる。

2幕1場、マクベスは予言通りに国王になったがバンコーが国王の父になるという予言に不安になる。マクベスと夫人は今度はバンコー親子の暗殺を計画する。2場、マクベスの雇った刺客に襲われたバンコーは自分が犠牲となって息子を逃がす。3場、マクベスの国王就任の宴で夫人が乾杯の歌を歌う中、マクベスは宴席にバンコーの亡霊を見て錯乱する。

3幕、マクベスは魔女と幻影から3つの予言を聞く。バンコーの息子マクダフに気をつけろ、女から生まれ落ちたものは誰もマクベスにかなわない、バナムの森が攻めてこない限り負けはしない、という予言に、マクベスと夫人はマクダフ一家をも暗殺しようと決める。

4幕1場、家族を殺され1人生き残ったマクダフは前国王の息子マルコムとともにマクベスへの復讐を誓う。2場、マクベス夫人は夢遊病者のように手についた血を洗うしぐさを繰り返している。3場、マクベスは夫人の狂死と、バナムの森が動いて来た(マルコムがバナムの木を切りそれに隠れて攻めて来る)ことを知らされ出陣する。4場、マクベスとマクダフは一騎討ちとなるが、マクダフが自分は生まれ落ちたのではなく母親の腹を破って出てきたと告げると力を失ったマクベスは倒される。
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愛の2重唱のまったくないオペラはかなり珍しいと言えるでしょう。そんな『マクベス』はとにかく何たってシェイクスピアだけに、そこらの昼メロとは格段に違い人間が深く描かれているのが最大の魅力。ヒロインが結核で死んじゃう話なんて、とお嘆きの本格ドラマ派のあなたにも自信を持っておすすめできるオペラなのです。公演シーンとヒロインが自宅で聴いていた他の甘い旋律(プッチーニ『蝶々夫人』ある晴れた日に/ヴェルディ『椿姫』2幕の別れのシーン/ベッリーニ『ノルマ』清らかな女神よ/『椿姫』ああそはかの人か)とを比べても一目瞭然、『マクベス』では原作の世界に徹した暗く重々しい音楽が繰り広げられ、全編にわたって劇的緊張が続きます。

映画に出てきた1幕2場はその中でも聴きどころ。特に終始声を抑えて歌う2重唱(そりゃ殺人の証拠隠滅の話を大声ではしないよね)はヴェルディが力を入れていた箇所らしく、初演の際150回以上練習を繰り返したといいます。そういえば映画もこの2重唱の練習シーンから始まりましたっけ。

それからヒロインが見事なデビューを飾ったマクベス夫人登場のアリアは、まず前半で「あなたの冷えきった心に私が火をつけてあげましょう、策略を成し遂げる勇気をあげましょう。怖れずにその贈り物を受けて王座にのぼりなさい!」と歌います。急な大役の不安をふり払おうと彼女が自分自身に言い聞かせているともとれますが、やはりこれは暗殺をけしかける歌、殺人犯はそそられてしまったことでしょう。そしてライトの落下や飛び交うカラスに取り乱しかけた彼女が気を取り直して歌う後半は「地獄を司る者たちよ今こそ立ち上がるがいい、人間を血に駆り立て、死の宿命にある者たちを突き落とすのだ!」という何ともものすごい歌詞!もちろん内容通りの超人的な声を必要とする難曲でもあります。舞台となったパルマ王立劇場はヴェルディやトスカニーニ(伝説的カリスマオペラ指揮者)の出身地だからか観客の(公演のではない?)レベルがとても高いという噂。そんな劇場でこのアリアに喝采をあびたらガッツポーズもうなずけますが、マクベス夫人役は登場から狂死までとにかく強烈で難しく、もしこんな役でデビューする人がいたらそれこそ怪物としか言いようがないでしょう。

さて映画の殺人犯も怪物マクベス夫人に操られていたのかそれとも…まあ矛盾だらけのアルジェント映画をマジメに考察してどうするんだ?って気もしますけど。それよりアルジェント演出のオペラ『マクベス』なんて見てみたいですね。もちろん惨殺シーン抜きで。

次回は怪物ならぬ宇宙人のオペラ歌手が『ルチア』を歌う『フィフス・エレメント』。

◇『オペラ座・血の喝采』TERROR AT THE OPERA(1988伊)
監督:ダリオ・アルジェント
音楽:ブライアン・イーノ/クラウディオ・シモネッティ
出演:クリスティナ・マルシラック/ウルバノ・バルベリーニ

◆『マクベス』MACBETH(1847初演)全4幕10場
作曲:ヴェルディ G.Verdi(1813-1901)
原作:シェイクスピア
台本:ピアーヴェ/マッフェイ

川北祥子(stravinsky ensemble)
東京芸術大学大学院修了、「トムとジェリー」とB級映画とパンダを愛するピアノ奏者。
「トムとジェリー」からはクラシック音楽の神髄を、
B級映画からはお金がなくても面白いコトに挑戦する心意気を学ぶ。
パンダからは…?


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*オマケ話(gingapanda掲載の連動コラム)
アルジェント

アルジェントの映像は大好き。でもとにかく惨殺シーンが怖すぎる。虫も嫌いだし。でもあの気持ち悪さやナマの感触みたいなものはまた芸術だと思ったりするから見たい。でも怖い…『サスペリア』のLDを貸してもらったのに結局何ヶ月も決心がつかなくて見ないで返したこともあるくらい。でもアルジェントはやっぱり好き、でもホラーはやっぱり苦手、でも…(惨殺シーンと虫にモザイクかけたバージョン作ってくれないかなぁ、マジで。)