『ディーバ』&『ワリー』2001-02-07

映画に登場するオペラ作品の数々をとりあげて、
わかりやすく楽しく紹介するコラムです。
この映画もう一回見直してみよう、オペラっておもしろいんだね、って
少しでも思っていただけると嬉しいです。


映画を見たらオペラも見ようよ
第7回『ディーバ』が歌ってこその名曲『ワリー』
~今明かされる『ワリー』の全貌!?

決してレコードを出さないオペラ歌手(ディーバ=歌姫・女神)。彼女のコンサートを密かに録音した少年は、そのテープが犯罪組織の告発テープと偶然にも入れ替わってしまったことから危険に巻き込まれていく…サスペンスアクションでラブロマンスでオシャレで芸術的な『ディーバ』はいろんなテイストてんこ盛りのアンバランスなところが魅力だと思っていたら、いつのまにかすっかり「名作」の仲間入りをしているようで、その「名作」調の冒頭で歌われるのが『ワリー』のアリア「さようなら故郷の家よ」。「それでは遠く離れて行きましょう。二度と戻らず再び会うこともないでしょう。決して。」という美しくもの悲しくドラマティックなこの曲を聴くうち、誰もが曲と映画に引き込まれてしまったことと思います。

ここでいつもならオペラもおすすめするところですが、実は『ワリー』は私もまだ見たことがなく全編を聴いたこともありません。このアリアだけは演奏会でよく歌われ人気もありますが、オペラ自体は有名でなく、あまり上演もされないようです。ではアリアだけがとても「名曲」なのかというとそれも何とも言い難いのです。「さようなら故郷の家よ」は単独の曲というよりもシーンの断片で、旋律も決定的に素晴らしいというほどでもありません。でも、ごく短いシンプルな曲なのに、なぜかとても歌(声)の魅力が引き出されるところが不思議。歌われてこその名曲と言えるのかもしれませんね。(いや歌われなければ名曲でないというつもりもないのですが、やはりプッチーニやヴェルディの完成度に及ばないのは事実で、ただ作曲者のカタラーニは若くして亡くなっているので正当な評価は難しそうです。)

このアリアで繰り返される「lontana=遠く」という言葉が映画の主人公たちの現実逃避に通じている、という分析を読んだことがありますが(そんな内容を私達は自然に感じ取っているのかもしれませんが)、それより「曲に対する既成概念がない」点が成功なのではないかと私は思います。例えば『蝶々夫人』が歌われると聴き手の既に持っているイメージが邪魔になってしまうこともありますが、『ワリー』ならたとえ歌詞がわかったとしても抽象的に聴けるでしょうし、また、この曲に強烈な特徴がないこともかえって神秘性を感じさせるように思えます。さらに少年がモビレットで音楽を聴く時には歌のない「序曲」(ヴェルディ『リゴレット』など)だというのもなかなか計算高く感じます。

ちなみにこのアリアは『クリムゾンタイド』(1995米)でも潜水艦の艦長ジーン・ハックマンが聴いていました。あのキャラクターでどうしてオペラのアリアを聴くのかはともかく、特に曲の意味を感じさせない点はマルでしょう。(一緒に聴いてたワンちゃんがかわいかったから許しちゃう。)*01年11月追記:「艦長にとっては潜水艦が故郷なのでは?」というご指摘をいただきました。ありがとうございました。(艦長ハックマンは指揮権を奪われて自室監禁中にこの曲を聴くので、故郷を追放されたワリーと見事リンク!)

さて、神秘的とばかりも言っていられないので『ワリー』のストーリーもご紹介することにしましょう。知られざるワリーの物語はいかに?(ピンク色の部分は映画に映画で使われた箇所です。)

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1幕、チロル地方の村。隣村の猟師ハーゲンバッハを愛しているワリーは、父親から、彼女を慕う執事のゲルナーと結婚しないのならこの家を出ていけと言われ、それでは遠くへ行ってしまいましょう、と村を去る。

2幕、1年後の祭りの日、父親が亡くなり帰って来たワリーは、ゲルナーからハーゲンバッハがもうすぐ結婚すると聞かされ、彼の婚約者をつい侮辱してしまう。ワリーはハーゲンバッハにダンスを申し込まれ口説かれて唇を許すが、その瞬間皆が笑い出す。ハーゲンバッハが仕返しにワリーのキスを奪ってみせると仲間に賭けを持ちかけていたのだ。傷ついたワリーはゲルナーにまだ私を愛しているなら彼を殺してと囁く。

3幕、ハーゲンバッハはワリーに許しを請いに来たところをゲルナーに谷に突き落とされるが、後悔したワリーは自ら断崖を降りて彼を助けて婚約者に渡し、身を引く決意をする。

4幕、雪山で1人寂しく歌うワリーのところへハーゲンバッハが現れ、過去を詫びて本当は愛していると告げる。ワリーも彼を殺そうとしたと告白し、すべてを許しあって抱き合う2人だったが、突然強風が吹き始め、雪崩に襲われてハーゲンバッハは谷へ落ち、それを追ってワリーも身を投げる。
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ああ…またしても昼メロそのものでがっかり…「さようなら故郷の家よ」も期待したほど感動的な場面ではないようですね。ヴォーカルスコアを読んだところではこの旋律はワリーのテーマのように至る所で使われ、高らかに愛を叫んでジャンプするフィナーレもこのアリアの嬉しい(!)バージョンといった感じでした。でもきっと全編がこのアリアのように美しいはず、また舞台がスイスということでヨーデルを歌う少年が出てきたりという地方色も楽しめそうです。一度観てみたいものですが、雪山や雪崩もジャンプも大変そうだし、なかなか上演される機会はないのでは…というわけで今回はお薦めオペラと呼べるかどうかはわからないのですが、こんなお話でも音楽の力で感動させられてしまったりする、そんなところもオペラの魅力なのです。多分。

(ストーリーを知ってがっかりするといえば『ジャンニ・スキッキ』の「私の愛するお父さん」が断トツ。このアリアは「彼を愛していけないのならアルノ川に身を投げて死にます。」と娘が父親に結婚の許しを願うあまりにも美しい有名な曲ですが、実はオペラ自体はドタバタのコメディ。詳しくはまたいつか。)

ところで「ディーバ」という言葉はよく「歌姫」と訳されますが、実際にはもっと畏敬の念も込めて使われているようです。「歌姫」や「プリマドンナ」(オペラの主役や劇場のトップ歌手)の中でもさらに偉大な歌手にだけ与えられる「ディーバ」という尊称、これを誰もが文句なしに認める歌手と言えばやはりマリア・カラスしかいないでしょう。

次回はカラスの歌う『アンドレア・シェニエ』をトム・ハンクスが聴く名作『フィラデルフィア』です(実は『ワリー』も聴いてます)。

◇『デイーバ』DIVA(1981仏)
監督:ジャン・ジャック・ベネックス
音楽:ウラディミール・コスマ
出演:ウィルヘルメニア・ウィギンス・フェルナンデス/フレデリック・アンドレイ

◆『ワリー』LA WALLY(1892初演)全4幕
作曲:カタラーニ A.Catalani(1854-93)
原作:ヒッレルンの小説と戯曲「禿鷹のワリー」
台本:イッリカ

川北祥子(stravinsky ensemble)
東京芸術大学大学院修了、「トムとジェリー」とB級映画とパンダを愛するピアノ奏者。
「トムとジェリー」からはクラシック音楽の神髄を、
B級映画からはお金がなくても面白いコトに挑戦する心意気を学ぶ。
パンダからは…?


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*オマケ話(gingapanda掲載の連動コラム)
アヴェマリア

当時『ディーバ』なんていうクサい題の映画なんかどうせゲイジュツぶったおフランスの映画でしょ?と思って見たら斬新でビックリした映画。だからどうしても名作とは思えなくて、ワタシ的にはカルトムービー分類なんですが…本物の歌手が歌手を演じるリアリティ、一番リアルだったのはアヴェマリアの練習シーン。途中でちょっと声ヤバくない?って思ったら、「調子が悪いわ」とか言って歌うのをヤメる筋書きで納得。演技(?)とはいえ「悪い声」まで聞かせるのは勇気がいること。「全然ヘンじゃないよ」と言ってた主人公クンもファンだったら気づいてね。

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