『ジャンニスキッキ』&『眺めのいい部屋』前編2001-07-03

映画に登場するオペラ作品の数々をとりあげて、
わかりやすく楽しく紹介するコラムです。
この映画もう一回見直してみよう、オペラっておもしろいんだね、って
少しでも思っていただけると嬉しいです。


映画を見たらオペラも見ようよ
第10回『ジャンニ・スキッキ』と『眺めのいい部屋』をつなぐ
アルノー川
~フィレンツェと浅草もつながるのか?
スペシャル対談・前編

今回の対談のお相手
ソプラノ歌手の安陪恵美子さん

「映画を見たらオペラも見ようよ」対談第2弾、スペシャルゲストはソプラノ歌手の安陪恵美子さんです。安陪さんは新国立劇場やニ期会などのオペラ公演をはじめ、新日本フィルや都響などのオーケストラ定期公演のソリストとしても活躍されるほか、TVやCMにも起用されるこんな美人!オペラ歌手=ドッカーンと太った厚化粧のオバチャンをイメージしていたアナタもこれですぐにでもオペラ見たくなったでしょ?

川北:いきなり失礼なのですが、オペラ歌手は巨体っていうイメージが一般的ですよね。可憐な安陪さんがオペラ歌手だというとびっくりされることも多いのではないですか?

安陪:オペラをやっているというと「えっ」って一歩引かれちゃう感じはありますね。こんなふうに歌ってて(大仰な手ぶりで)声が震えてる人っていうイメージらしくていやがられたりします(笑)

川北:そんな偏見のある人も、映画などで知らず知らずオペラやクラシックを聴いて感動していたりすることがけっこう多いと思うんですけど、反対に音楽家の方は「知らず知らず」聞き流すということはないでしょう?

安陪:音楽は気になりますね。CMでもなんでも「今のは!?」って感じになっちゃいます。特に病室や手術室にまでクラシックが流れていたのには大迷惑でした。(注*安陪さんは2月に出産されたばかり。)胎教にもいいしリラックスするためのBGMだって言われるんですけど、もう気になってしょうがなくて、ほんとにやだな~と思いましたね。

川北:クラシック嫌いな人も苦痛だと思いますけど(笑)、でも好きなら楽しく聴けるというわけでもないですよね。映画を見ていてもオペラが使われたりしようものなら音楽に集中して映画のことは忘れてしまったり。

安陪:そういうのもありますし、あとオペラに行くシーンって、日本だと、どこかの御曹子がかしこまって「オペラでも見に行きませんか」って誘うとか、なんか特別な感じなのが気になりません?ヨーロッパだともっと普通に気軽に見に行きそうなのに。

川北:アメリカでも『プリティウーマン』や『月の輝く夜に』だとオペラに出かけるのは特別の夜って感じですけど、フランスの『ディーバ』なんかは普通の青年がオペラ歌手のコンサートに普通に出かけていましたよね。ところでこのコラムでは歌手が出てきたり劇場が舞台だったり、主人公がオペラを聴いたり観に行ったり、という映画を取り上げてきたのですが、今回ご紹介するのはオペラが「映画音楽」として使われた映画、『眺めのいい部屋』です。『眺めのいい部屋』は冒頭から「私のお父さん」が流れますがご覧になっていかがでしたか?

安陪:映画に音楽が完全に溶け込んでいて、ほんとうにピッタリなのでびっくりしました。映像も綺麗で格調高くて、眺めの良くない部屋に通されたヒロインの「アルノ川が見えないわ」というセリフもよかったです。(注*『ジャンニ・スキッキ』もフィレンツェが舞台。「私のお父さん」は娘が父親に結婚の許しを願うアリアで「彼を愛していけないのならアルノ川に身を投げて死にます」という歌詞。)

川北:クラシックが「効果的に」使われた映画ってたくさんありますけど、そういうのとはまた違って、まるでこの映画のために作られたかのように違和感なく聴こえてくるんですよね。キスシーンの「何と美しい夢」(プッチーニ『つばめ』より)やオーケストラの部分も、「あの曲だ」ってわかっても次の瞬間そんな事を忘れてしまうし、音楽だけでなく衣装や美術、風景まですべてが一体化しているのが凄いなあと思います。反対にミスマッチが面白かったのは『GIジェーン』(1997米)ですね。軍の特別部隊の話なんですけど、苛酷な訓練が一日中続いた上に夜はレポートを書かなきゃいけなくて、イジワルな(?)上官が、みんなが睡魔と闘いながら机に向っているのを知っててラジカセで「私のお父さん」を流して眠気を誘うっていう笑えるシーンなんですよ。

安陪:たしかに眠いかも!!面白い使われ方ですね。

川北:『異人たちとの夏』(1988日本)では主人公の男性が「私のお父さん」を愛聴しているという設定で全編に流れていて、レトロな浅草とプッチーニに国境を超えた郷愁を感じました。でも父親の幽霊に会うというストーリーとの妙な「父親」つながりがちょっと気になってしまったんですよね。「私のお父さん」は有名でしょう?違和感を感じた方も多いと思うんです。

安陪:「私のお父さん」は人気があってよくリクエストされますし、ほんとうに歌詞の内容まで有名なようで、結婚式で歌ったりするとお父様が泣いていらしたりします。でも『ジャンニ・スキッキ』を知っている人は少ないんじゃないかと思いますね。

川北:「私のお父さん」がロマンティックだから『ジャンニ・スキッキ』もきっとステキなオペラよねって期待すると、あまりのドタバタとブラックなオチにきっと驚かれますよね。私はストーリーを聞いてがっかりするオペラのベスト3に入るんじゃないかと思います。いや、楽しいオペラですけど。

というわけで『ジャンニ・スキッキ』ストーリー。『ジャンニ・スキッキ』はプッチーニの『三部作』の中の1本、『三部作』はそれぞれ50分位の一幕ものオペラが3本まとめて見られるという『アメージングストーリー』のようなオムニバス・オペラです。

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『外套』:妻の浮気相手を殺してしまう夫。題名は「人はみな外套の中に喜びや悲しみを、時には殺人をも隠しているのだ」という名セリフ(歌詞)から。庶民を描いたイタリア映画のような趣の作品。
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『修道女アンジェリカ』:出演者は女性のみという珍しいオペラ。親の許さぬ子供を産んだために修道院に入れられたアンジェリカはその子供が亡くなったと知らされ絶望し、自殺する罪を聖母に祈る。
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『ジャンニ・スキッキ』:亡くなった金持ちの老人ブオーゾは全財産を教会に寄付するという遺言状を残していた。親類たちはなんとか遺産を手に入れようと死体を隠し、友人スキッキにブオーゾの替え玉になってもらい遺言状の作り替えをしようとするが、ブオーゾになりすましたスキッキは「家屋敷は親友のスキッキに」と言って財産をうまく横取りしてしまう。(「私のお父さん」を歌うラウレッタはスキッキの娘でその恋人はブオーゾの甥。彼の家族に気に入ってもらうためにも力を貸して、と父親に頼むのでスキッキも重い腰を上げ、替え玉を引き受ける。)
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川北:まあ彼女自身は純粋に彼を愛しているわけで、財産もスキッキとしては娘が結婚する時に持たせてやるつもりだろうから万事うまくおさまるのかもしれないですけど、結局「私のお父さん」は特に感動のシーンでもないんですよね。ところで、『眺めのいい部屋』での「私のお父さん」には、私はイギリス人のフィレンツェへの憧れのようなものを感じましたが、日本では「花嫁と父」というところに特別な感情移入があるように思います。安陪さんはこの「私のお父さん」をテレビドラマ『はみだし刑事』で歌われたんですよね。

安陪:そうなんです。犯人は娘と奥さんを殺されたと思い込んで復讐しようとしていて、でも実は娘は警官がひきとって育てていて今日はその娘の結婚式、っていうエピソードでした。私は結婚式のゲストで歌う歌手の役で、最初は『椿姫』の「乾杯の歌」を歌う予定だったんですけど、ドラマが父娘のお話だとうかがって「私のお父さん」を提案したら監督もこの選曲を気に入って下さって、結局結婚式のシーンだけじゃなく「お父さん!」っていう涙のシーンにも使われました。

川北:オペラと違ってテレビドラマに出演されたご感想は?

安陪:ドラマに出演といっても「オペラ歌手の安陪恵美子」として歌っただけですが、2分位の短い歌なのに撮影は数秒のカットごとだったのが難しかったです。オペラだと本番は最初から最後まで通して上演するのでだんだん盛り上がったりもしていけますけど、ドラマの俳優さんはつながっていない何秒ごとのシーンで喜んだり悲しんだりしなきゃいけなくて大変だなと思いました。

川北:『野菜カレー』のCMにも出演されましたよね?

安陪:あれは野菜の中に埋められて情けなかったです(笑)それと食べるのが難しかった!おっきいスプーンできれいに口に入れてしっかり全部一口で食べなきゃいけなくて、おいしそうな顔もしなきゃいけないし、結局何十回も撮影したのにヘタだったからか食べているシーンはオンエアされなかったんです。

川北:これだけCGが使われる時代でもカレーは本物なんですね。ところで広い会場でのオペラとアップが前提のテレビとではメイクも全然違ったでしょう?

安陪:CMではアップになるということでまゆ毛をしっかり整えて抜かれて涙が出ました(笑)紫中心のメイクで、思ったより厚化粧で怖かったです。オペラのメイクはけっこうナチュラルだと思いますよ。昔は真っ黒な色で鼻筋をたてて目の上は真っ青、なんていう近くで見たらビックリのメイクだったみたいですけど、今は普段のメイクよりちょっとハデかなというくらいでブラウン系が中心かと思います。ヘアもロングの人は自分の髪を使うことが多いです。舞台では照明の具合もありますし、遠くから見ても映えないといけないので、リハーサルの時にはメイクさんが客席でチェックして下さいます。

スペシャル対談まだまだ続きます。後編では本題のオペラにせまり、なぜかブースカも登場?

◇『眺めのいい部屋』A ROOM WITH A VIEW(1986英)
監督:ジェームズ・アイヴォリー
音楽:リチャード・ロビンズ
出演:ヘレナ・ボナム・カーター/マギー・スミス

◆『ジャンニ・スキッキ』GIANNI SCHICCHI(1918初演)1幕
作曲:プッチーニ G.Puccini(1858-1924)
原作:ダンテ『地獄編』からの翻案
台本:フォルツァーノ

川北祥子(stravinsky ensemble)
東京芸術大学大学院修了、「トムとジェリー」とB級映画とパンダを愛するピアノ奏者。
「トムとジェリー」からはクラシック音楽の神髄を、
B級映画からはお金がなくても面白いコトに挑戦する心意気を学ぶ。
パンダからは…?


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*オマケ話(gingapanda掲載の連動コラム)
異人たちとの夏

私はどうしても名取裕子のシーンにあの曲は許せません。けどみんなそれ以前にあのシーン自体が許せないようで(笑)けっこう『ワリー』なんかいいのでは?「では遠くへ行きます。決して戻りません。」っていう歌だし。

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