『ジャンニスキッキ』&『眺めのいい部屋』後編2001-07-10

映画に登場するオペラ作品の数々をとりあげて、
わかりやすく楽しく紹介するコラムです。
この映画もう一回見直してみよう、オペラっておもしろいんだね、って
少しでも思っていただけると嬉しいです。


映画を見たらオペラも見ようよ
第10回『ジャンニ・スキッキ』と『眺めのいい部屋』をつなぐ
アルノー川
~フィレンツェと浅草もつながるのか?
スペシャル対談・後編

今回の対談のお相手
ソプラノ歌手の安陪恵美子さん

川北:オペラ以外の話題が先になってしまったのですが、本題のオペラについてもいろいろお話をうかがいたいと思います。オペラ歌手を目指したきっかけは何だったんですか?

安陪:とにかくお芝居がやりたかったんです。小学生くらいの時両親にそう話したら、無理だからやめとけと言われました。でもたまたまテレビでやってたオペラを「あれならやってもいい」と言うので「衣装も着られてお芝居できるなら歌ってみるか」って思って。目立ちたがりやだったんですよね。

川北:ほんとですか?歌ってるうちにオペラも好きになったっていう人が大多数だと思ってました。でも芸大に進まれた頃にはもう歌ひとすじだったんでしょう?

安陪:大学時代も、「オペラ実習」という演技の授業に劇団民藝の先生がいらしてたので「歌をやめてお芝居やりたいんだけどどうしたらいいですか?」なんて相談したり、劇団のオーディションを受けに行こうかと思っていた位でした。実は今でも歌うのはあんまり好きじゃないし、オペラは演技があるからいいんですけど歌曲などは特に苦手なんです。(注*というのは謙遜で特にフランス歌曲にも定評があり歌曲のコンクールにも入選。)

川北:それだけお芝居したくてオペラの道に進まれた安陪さんにとってオペラの演技はいかがですか?

安陪:どんな時も指揮を見なきゃいけない点がまず特殊だと思います。例えば会話しているシーンでも相手の顔は見なかったりするので、しっかり演技のキャッチボールをすることが大事になってきますね。それから歌との兼ね合い。歌と同時に演技するのではなくて先に演技してから歌うとか、タイミングなどを工夫しなければなりませんし、それと大きい舞台ですから説明的な細かい動きより大きい演技が必要だと思います。最近見て面白かったのは中国人の方が歌ってらした『トゥーランドット』のリュー。(注*思いを寄せる男性を守るため、彼の秘密を知る自分自身の口をふさごうと自殺する。)全然演技をしてないように見えるんです。悲しそうな表情も作らず堂々と歌って、堂々と振り向いてただグサッと剣をつきたてて死んでしまうのに、お客さんはぼろぼろ泣いてる。同じ演出でもダブルキャストのもう1人の方は悲しそうに歌って泣きながら歩いて行って剣にぶつかって、この剣で死のうと決意して、っていうとても細かい演技をしていらして、でもお客さんはそれほどでもなかった。演技やリアリティについて考えさせられました。

川北:よくオペラの演技はオーバーだとかクサいとか言われていますけど?

安陪:オペラ歌手と言えば手を前で組んで歌うとか、手を広げて歌うっていうイメージが強すぎるからでしょうか??今のオペラはお芝居もそんなにクサくなくなってきていると思うので一度見ていただけると嬉しいです。ただ大変なアリアを歌っている時には歌重視になっているので顔は怖いかもしれません(笑)

川北:ところでこれまでいろんなオペラに出演された中でどんな作品がお好きですか?

安陪:コメディが大好き!もっとコメディをやりたいんですけどなかなか役がいただけなくて。これまでの役の中でもやはり『魔笛』のパパゲーナが一番好きですね。コメディでセリフとお芝居が多くて歌う所は少ないし(笑)

川北:パパゲーナは何度も演じてらっしゃる十八番ですけど特に印象深い公演はありますか?

安陪:実相寺さん(注*ウルトラマンで有名な、あの実相寺監督です。)の演出が面白かったです。普通オペラの演出というと、何歩歩いてここで振り返る、とか、ここで手はこう、足はこう、っていうのも多いんですが、実相寺さんはもっととても大きく捉えていらして、自分自身の個性でやれ、とおっしゃるんです。例えばセリフもわざと声を作ったりしないで、歩くにしても私のクセが出てしまったりするんですが、とにかく好きにやってくれ、大きな演技をしてくれ、とおっしゃるのが印象的でしたね。そうそう、この公演では小道具にブースカのぬいぐるみが登場したんです。あんまりかわいいのでみんなが欲しがったんですけど、円谷プロの社長室に飾られているとても貴重なものだったそうで、かわりにとブースカの目覚まし時計を頂いちゃいました。それ以来毎朝ブースカの声で起きているんですよ。

川北:これからやってみたい役もやはりコメディですか?

安陪:色気で迫るような役もやってみたいです!男を手玉に取ったり裏切ったり、胸の谷間に影を書くような。死んでもまわってこないと思うんですけど(笑)

川北:安陪さんは清楚、可憐っていう印象ですけど、声はトスカとかもう少し強めのタイプですよね。これからの年齢でどんどん女っぽい役がくるんじゃないですか?

安陪:うーん、こないでしょう(笑)私は可憐っていうより少年かスブレット(注*軽妙な召し使い役などのこと。)になってしまいます。今はビデオもあってアップもあるから、容姿がとても重視されますね。オペラ歌手でも痩せていて綺麗な人が多くなってきました。昔は容姿や顔より声重視でしたけど、やはりお客様も老けた娘や巨体の結核患者では物語に入って行けないでしょう?

川北:といってももちろん声も素晴らしい上で、ということですよね。個人的には特に男性歌手は容姿より声でかっこよさを見せて欲しいと思うんですけど。

安陪:歌い手さんじゃなくても先に声をチェックします!!どんなにかっこいい人でもしゃべり声がヘンだったりすると眼中に入らなくなっちゃう。

川北:(つい脱線)そういえば人気俳優のTYさん、あんなにかっこいいけど声はちょっと、って思いませんか?逆にあんまりかっこよくない人でも声がすごいとかっこよく見えてしまったり。

安陪:TYさん、もう私なんかは声から入ってるから最初からかっこいいと思えないです(笑)

川北:話がそれてしまいましたが(笑)…さて安陪さんの今後の活動は?

安陪:サイトウ・キネン・フェスティバルのオペラ公演『イェヌーファ』にアンダースタディ(注*いわゆる代役。今回のキャストはすべて海外の歌手。)として参加の予定です。チェコ語なのでとても難しいんです。稽古には原語指導というのもあって発音などはいつも教えていただいているのですが、オペラではほんとうにいろんな国の言葉でしゃべらなくてはいけないので大変です。

川北:それに自分ののどが楽器ですからコンディションを整えるのも大変なのでは?

安陪:私はなるべくのどを冷やさないようにスカーフを巻いたり、冷たい飲み物は歌った後は飲まないようにしています。歌手の方の中にはパイナップルやメロンはのどがイガイガするので食べないとか、ウーロン茶はのどの粘膜の油を溶かすから飲まないなんていう人もいますよ。

川北:最後にこれから初めてオペラを観ようという方へのアドバイスをいただきたいんですけど、オペラの見どころとは?

安陪:(しばらく考えて)舞台装置とか…?

川北:装置ですかあ。ずばり「歌の魅力」かなと思ったんですけど(笑)

安陪:もちろん、生の声があんなに大きい劇場に響くのはオペラだけかもしれないし、ぜひ体験していただきたいと思ってます。でもオペラの感想でドレスとかアクセサリの事をおっしゃる方も多いんですよね。

川北:そうですね。もうオペラが好きっていう人は衣装や装置はどうでもいいかもしれないですけど、初めて観に行って幕が開いた瞬間ため息がでるような「夢の世界」っていうのは大事かもしれませんね。演目では何がお薦めですか?今回の『三部作』は3本いっぺんに見られておトクだと思うんですけど?

安陪:『三部作』はあまり有名ではないしちょっと暗いお話ですけど、見にくくはないし短いから飽きないかもしれませんね。私は初めての方には『カルメン』や『蝶々夫人』をお薦めしたいです。わかりやすいお話だし、みなさんご存知の曲もいくつか出てきますからとても見やすいと思います。『アイーダ』も絢爛豪華でいいですね。新国立の『アイーダ』では本物のゾウが出てきたらしいですよ。舞台裏で出番を待ちながらパオーって鳴いてるのが聞こえたそうです。

川北:ゾウですか!?それはすごいゾウ…(静寂)。それに対抗するにはもう「ヴェールの踊り」(注*『サロメ』で7枚のヴェールを1枚ずつ脱いでいくという踊りで、最後に全裸になったりするので話題になる)くらいしかないかも?でもそういうサービスというのかエンターテイメントの部分もあって、さらに歌もよかったら本当に感動すると思います。今日はいろいろなお話をほんとうにありがとうございました。

次回コラムは引き続きオペラが映画音楽として使われた映画、安陪さんもお薦めの『カルメン』の使われた2本です。

◇『眺めのいい部屋』A ROOM WITH A VIEW(1986英)
監督:ジェームズ・アイヴォリー
音楽:リチャード・ロビンズ
出演:ヘレナ・ボナム・カーター/マギー・スミス

◆『ジャンニ・スキッキ』GIANNI SCHICCHI(1918初演)1幕
作曲:プッチーニ G.Puccini(1858-1924)
原作:ダンテ『地獄編』からの翻案
台本:フォルツァーノ

川北祥子(stravinsky ensemble)
東京芸術大学大学院修了、「トムとジェリー」とB級映画とパンダを愛するピアノ奏者。
「トムとジェリー」からはクラシック音楽の神髄を、
B級映画からはお金がなくても面白いコトに挑戦する心意気を学ぶ。
パンダからは…?