『シェリ』における甘いココアとクールなコーヒーの関係 / カフノーツ#152005-04-24

カフノーツはコーヒーにまつわる短いお話をあれこれご紹介します。 コーヒーでも飲みながらのんびりお読みください。


 フランスの女性作家コレットの小説『シェリ』は、五十才を越える元高級娼婦レアと親子ほど年のちがうシェリと呼ばれる二十五才の青年との恋の話。

 世紀末の裏社交界(ドゥミ・モンド)で活躍した高級娼婦の主人公レアは、自分の金で贅沢をし、館と召使いを取り仕切る、いわば自立した現代的意識を持った冷静で美しい女性。女友達の息子であるシェリとの恋の前半にも、もう若くない自分の身体と心を厳しく律し、冷静な自己判断をしながら、恋と対峙しています。

 そしてこの小説の中では、ココアとコーヒーが情景の意味を印象的に物語っているのが興味深いところ。

 恋人のシェリと一緒の朝食には、召使いがベッドへ運んでくるブリオッシュとココアがいつものメニュー。甘くて濃いココアの味が二人の時間を包んでいるのがよくわかります。

 しかしその若い恋人が出て行くと、レアはてきぱきと身支度をして、召使いに注意を促し、サロンでコーヒーを飲み新聞を読みはじめます。彼女が、恋の情熱を冷静にコントロールしているのがとてもよくわかるシーンです。

 恋人シェリが若い娘と結婚して新婚旅行へでかけるときにも、毅然として見守ったレアですが、二人の様子を話す仲間達の集まりで、「このあたしが神経がおかしくなるなんてことあるかしら」と自分でも愕然とするほどに、動揺を受けていたのでした。急いで帰った彼女は、しかし誰にも弱みを見せることなく、召使いに濃くしたココアの中に泡立てた黄身を入れた飲物を注文して、衝撃でがたがたと震える身体を自分で癒します。震える身体をあたたためてくれるのもやはり、甘い恋の時代と同じココア。苦いコーヒーではやはり痛む心を癒せなかったのかもしれません。

 物語の最後は、レアがシェリと決別をつけるところで終わります。

 その後の続編『シェリの最後』では、戦争から帰還したシェリが主人公。どこにも自分の場所を見いだすことのできないままに、レアの面影を追い求めるシェリの苦悩を描いていますが、こちらではもう甘いココアの香りは消え去り、苦いコーヒーの香りだけがいつも物語のなかを漂っています。

 『シェリ』『シェリの最後』の中では、恋の甘さを表現するのがココアならば、コーヒーは苦い現実とでもいうべき存在なのかもしれませんね。(カフコンス第16回「モーツァルトとシュタードラーvol.2」プログラム掲載。)

【参考文献】コレット『シェリ』(岩波文庫)コレット『シェリの最後』(岩波文庫)

西川公子 Hiroko Nishikawa
ウェブやフリペの企画・編集・ライティング。プレイステーションゲーム『L.S.D.』の原案、『東京惑星プラネトキオ』『リズムンフェイス』のシナリオなど。著作に10年分の夢日記をまとめた『Lovely SweetDream』。最近は老人映画研究家。

モーツァルトとシュタードラーvol.2(カフコンス第16回)2005-04-24

*曲目

シュタードラー「クラリネット独奏のための快活な変奏曲」より
Anton Stadler (1753-1812)
Heitere Variationen für Klarinette solo
  Theme 主題
  Variation1 変奏1
  Variation2 変奏2
  Variation3 変奏3
  Variation7 変奏7
(大橋)

同「クラリネット二重奏曲」より
Duo für 2 Klarinetten
  Moderato モデラート
  Romanze ロマンツェ
  Rondo ロンド
(中・飯田)

モーツァルト「ディヴェルティメント 第2番」より
Wolfgang Amadeus Mozart (1756-91)
Divertimento K.439b(anh.229)-2 (1783-8)
  Allegro アレグロ
  Menuetto メヌエット
  Rondo ロンド
(大橋・飯田・中)

同「アレグロ ヴィヴァーチェ」(弦楽四重奏曲 K.387 第1楽章)
Allegro vivace (1782)
(飯田・荒木・中・大橋)

同「アダージョ」
Adagio K.580a(anh.94) (1772-3)
(飯田・荒木・中・大橋)

(同「魔笛 より 恋人か女房か」)


*出演

飯田真弓(クラリネット)
大橋裕子(クラリネット)
中秀仁(クラリネット)
荒木こずえ(クラリネット)


*プログラムコメント

 「モーツァルトとシュタードラー」は、モーツァルト晩年の最高傑作「クラリネット五重奏曲」(前回演奏)から出発して、彼を触発した当時の名クラリネット奏者シュタードラーについても探っていこうという、モーツァルトのクラリネット作品シリーズ。今回は二人の作品(シュタードラーは作曲家ではないが、自身の演奏用等に多くのクラリネット作品があり、協奏曲も書いたといわれる)をクラリネットの独奏~四重奏でお愉しみ下さい。


*カフノーツ

#15 『シェリ』における甘いココアとクールなコーヒーの関係