コーヒーは幻想曲の味。 / カフノーツ#162005-05-22

カフノーツはコーヒーにまつわる短いお話をあれこれご紹介します。 コーヒーでも飲みながらのんびりお読みください。


 コーヒーを飲むとき、私達はそのコーヒーを飲む空間と時間も一緒に飲んでいます。家で飲む家族とのコーヒー。喫茶店でひとり飲むコーヒー。食事のあとに友人と飲むコーヒー。コーヒーは、その空間と時間に合わせた楽しい儀式を奏でながら、その味を引き立たせるもの。明治時代の物理学者・文学者の寺田寅彦は、随筆「コーヒー哲学序説」の中で、「自分がコーヒーを飲むのは、どうもコーヒーを飲むためにコーヒーを飲むのではない」といいます。彼にとっての「コーヒーの味はコーヒーによって呼び出される幻想曲の味」であり、コーヒーを飲む空間の小道具は、その味を呼び出すための伴奏や前奏のようなもの。テーブルの上の銀器やクリスタルガラスの煌めきが管弦楽の一員となって、美しい調べという味を奏でるのです。だから散らかした居間ではだめ。マーブルかガラスのテーブルに銀器の光る、彼がコーヒーにふさわしいと思う空間でないと、まともなコーヒーの味は味わえない。研究が行き詰まってどうしようもないときに、彼はそうやって「幻想曲の味」のコーヒーを飲みます。すると、「コーヒー茶わんの縁がまさにくちびると相触れようとする瞬間にぱっと頭の中に一道の光が流れ込むような気がすると同時に、やすやすと解決の手掛かりを思いつく」ことがしばしばあるのだとか。一杯のコーヒーは、哲学であり宗教であり芸術。ふだんなにも考えないで飲むコーヒーもそうやって、思考の儀式のように周到に用意された空間で味わってみるのもいいかもしれません。あなたにだけに聴こえる「幻想曲の味」が楽しめるにちがいありません。(カフコンス第17回「ダブルリードでドニゼッティ」プログラム掲載。)

【参考文献】寺田寅彦著「コーヒー哲学序説」/小宮豊隆編『寺田寅彦随筆集 第四巻』(岩波文庫)

西川公子 Hiroko Nishikawa
ウェブやフリペの企画・編集・ライティング。プレイステーションゲーム『L.S.D.』の原案、『東京惑星プラネトキオ』『リズムンフェイス』のシナリオなど。著作に10年分の夢日記をまとめた『Lovely SweetDream』。最近は老人映画研究家。

ダブルリードでドニゼッティ(カフコンス第17回)2005-05-22

第11回荻窪の音楽祭(主催:「クラシック音楽を楽しむ街・荻窪」の会
共催:杉並区文化・交流協会 後援:杉並区/杉並区教育委員会
21世紀の荻窪を考える会)参加公演

*曲目

ガエタノ・ドニゼッティ「アレグロヴィヴァーチェ ハ長調」
Gaetano Donizetti (1797-1848)
Allegro vivace
(ピアノ)

同「オーボエソナタ」
Sonata per oboe e pianoforte
  Andante - Allegro アンダンテ〜アレグロ
(オーボエ・ピアノ)

同「連隊の娘」より「この瞬間から」
Da quell'istante (La figlia del reggimento)
同「ランメルモールのルチア」より「涙のうちにも耐え」
Soffriva nel pianto (Lucia di Lammermoor)
(オーボエ・ファゴット・ピアノ)

ジュゼッペ・ドニゼッティ「ロンド」
Giuseppe Donizetti (1788-1856)
Rondo (1821)
(オーボエ・ファゴット)

ガエタノ・ドニゼッティ「三重奏曲」
Trio
  Larghetto - Allegro ラルゲット〜アレグロ
(オーボエ・ファゴット・ピアノ)

(同「愛の妙薬 より 人知れぬ涙」)


*出演

福井貴子(オーボエ)
井上直哉(ファゴット)
川北祥子(ピアノ)


*プログラムコメント

 「愛の妙薬」「ルチア」など約70曲ものオペラで知られるドニゼッティは、オペラ以外にも声楽曲約300曲、宗教曲約150曲、管弦楽約20曲、室内楽約30曲、ピアノ曲約50曲、と多作。「音楽を書くのは簡単、大変なのは舞台稽古だ」と言ったと伝えられる職人的速筆で新作を次々と世に送り出した人気作曲家であった。オペラの1幕ぶんを何時間かで書き上げたという彼のこと、本日演奏するソナタやトリオの作曲所要時間は「分」単位だったのではないだろうか。なお兄ジュゼッペも作曲家で、当時西洋音楽を導入し始めたトルコ軍楽隊の初代総監督に招かれた人物である。


*カフノーツ

#16 コーヒーは幻想曲の味。