ソプラノ/ホルン/ピアノによる三重奏(カフコンス第25回)2006-02-26

写真はイメージで実物と異なる場合があります。

*曲目

リヒャルト・シュトラウス「アルプホルン」
Richard Strauss (1864-1949)
Alphorn (1878)

シューベルト「流れの上で」
Franz Schubert (1797-1828)
Auf dem Strom D.943 (1828)

フランツ・シュトラウス「主題と変奏」(ホルンとピアノ)
Franz Strauss (1822-1905)
Thema und Variationen op.13

クック「夜想曲」
Arnold Cooke (1906-2005)
Nocturnes (1956)
  1.The moon 月
  2.Returning, we hear the larks 帰途、雲雀を聴く
  3.River roses 川のバラ
  4.The owl フクロウ
  5.Boat song 舟歌

(グノー 「夕べ」)


*出演

渡辺有里香(ソプラノ)
大森啓史(ホルン)
川北祥子(ピアノ)


*プログラムコメント

 ソプラノ、ホルン、ピアノによる三重奏、こんな特殊な編成の作品はなぜ作曲されたのだろう。
 名ホルン奏者のフランツ・シュトラウスを父を持ち、後に二曲の協奏曲を始めとするホルン作品を、また生涯にわたり二百曲もの歌曲を書いたリヒャルト・シュトラウスにとって、14歳で「アルプホルン」を着想するのはごく自然なことだったに違いない。彼は詩の中で聞こえるアルプホルンの音をホルンに演奏させたいという素直な欲求に従ったのではないだろうか。
 「流れの上で」はシューベルトの死の年に開かれた生涯唯一の自主演奏会で初演された作品で、協力を申し出た友人演奏家の顔ぶれを見て書かれたと思われる。彼は歌曲作曲家と呼ばれるのを好まず「大交響曲も書いているのに」と嘆いたという逸話もあるので、演奏会用に特別な大作をと考えたのかもしれない。
 歌曲王シューベルトの数百曲の歌曲の中でもピアノ以外の楽器が使われたのは二曲だけ(もう一曲は最晩年のクラリネットとの「岩上の羊飼い」)だったが、近代以降の声楽作品はより自由な編成がとられるようになった。クックは20世紀イギリスの作曲家で、「夜想曲」の詩は「夜」をテーマに19〜20世紀の自国のさまざまな詩人のものから選ばれている。


*歌詞大意

「アルプホルン」(ケルナー)

アルプホルンが鳴り響くのが聞こえる
遠くから私を呼んでいる
森に覆われた広間から
それとも青い空から鳴っているのだろうか?

山の上から
それとも花の咲き乱れる谷から?
私はどこにいても
甘美な苦痛の中でその音を聞く

戯れや陽気な輪踊りの時も
ひとりぼっちの私とさびしく
静まることなく
心の奥深くに響いている

私は見つけられたことがない
音が鳴っている場所を
そして決してこの心が晴れることはない
その音が消え去るまで

「流れの上で」(レルシュタープ)

最後のくちづけを受けとっておくれ
風になびき
おまえが背を向けて去って行くまで
岸辺へと送りつづけるこの挨拶を
すでに高波にのって
小舟は慌しく去っていく
しかしあこがれが涙にあふれた暗いまなざしを
いつまでも岸へ戻してしまう

そうして波はわたしを連れ去る
思いもよらない速さで
ああ 野はすでに消えてしまった
わたしが幸せに満ちて彼女と出会った場所が!
永遠に あの幸せな日々が!
わたしが愛する彼女を見つけた
あの美しい故国を思って歎く心が
希望なく弱まっていく

見よ なんと岸辺が離れていくことか
なんとわたしを遠くへ連れ去ることか
言い表せない絆に引きよせられていく
あの遠い小屋に行き着くように
あの遠い木の葉に留まるように
しかし流れの波は
休みなく続き
わたしを大洋へと連れ出す

ああ あの暗い海原を前に
明るく晴れた海岸から離れる
そこには島はひとつも見えない
おお ふるえる怖れがわたしを捕らえる
悲しみの涙を鎮めるような歌は
岸からは届かない
ただ嵐だけが灰色に高まる海を通って
冷たく吹くだけだ

航跡を追う目は
岸を捉えることはできない
いまやわたしは星を見よう
あの聖なる故郷にある星を
ああ 星々の穏やかな輝きのもとで
わたしは初めて彼女をわたしのものと呼んだのだ
そこできっと 希望に満ちた幸せよ
わたしは彼女のまなざしに出会えるだろう

「夜想曲」

1.月(シェリー)

そして 痩せて青ざめた死にゆく女が
よろめき 薄いヴェールをかぶり
憑かれ 消えゆく意識のか弱い震えに導かれて
部屋を出るかのように
月が暗い東の空に昇った
白く形のない塊

お前は疲れて青ざめているのか
天に昇り地球を見つめ
道連れもなく
生まれの違う星の間をさまよい
不変の価値を持つものを見つけられない
喜びのない瞳のように 常に変化して

2.帰途、雲雀を聴く(I.ローゼンバーグ)

夜は薄暗く
我々はまだ生きていて 知っていた
不吉な兆しが潜んでいることを

痛む手足をひきずり ただ知っていた
この毒にまみれたトラックが我々のキャンプへ
僅かな安全な休息へ向かっていることを

だが 聴け! 喜び 喜び 奇妙な喜び!
見よ! 夜の空高くに見えない雲雀が
音楽が見上げる顔に降り注ぐ

死は暗闇から訪れる
歌のように簡単に
しかし歌がただ訪れた
危険な潮の迫る砂浜で夢見る盲目の男のように
隠れる蛇も誘惑も知らず夢見る
少女の黒い髪やキスのように

3.川のバラ(D.H.ロレンス)

イザール川のほとりで 夕暮れに
私達は歩き 歌った
イザール川のほとりで 夜に
私達は猟師の梯子を登り
沼を見おろすもみの木に座って揺れた
川と川が出会い
薄緑の氷河の水の音が夜を満たしていた

イザール川のほとりで 夕暮れに
私達は見つけた
暗い野生のバラが 川に赤く架かり
うごめく蛙たちが鳴き
川岸に氷とバラが香り
ひそかに恐怖が広がっているのを
私達はささやいた 「誰も私達を知らない−
このうごめく沼のヘビのようになろう」

4.フクロウ(テニスン)

猫が家路を走り 夜が明けて
地面では露が冷たく
はるか遠くまで静まりかえり
風車が回る時
用心深く独りで
鐘楼の中の白いフクロウは座っている

陽気な乳搾り女が掛け金を鳴らし
刈りたての干し草がかすかに香り
雄鶏が茅葺き屋根の下で
彼の歌を二度三度くり返す時
用心深く独りで
鐘楼の中の白いフクロウは座っている

5.舟歌(J.デヴィッドソン)

私達は遅れて舟を待たせたので
すぐに出発しなければならなかった
香るハマカンザシ 水煙
黄褐色の砂 月

お守り下さい おおタイスよ 西への避行を
輝く玉座から見守って下さい
ますます夜深く進む 私達の舟を
未知の国へ辿り着くまで