カフノーツ・バックナンバー公開2011-02-15

「caffe notes / カフノーツ」はカフコンスの公演プログラムに連載していた西川公子さん書き下ろしのコラム。現在は休載中ですが、バックナンバーをブログでもご紹介させていただくことにしました。コーヒー、文学、音楽から猫まで多彩な全22話です。カテゴリ「カフノーツ」または目次からどうぞ!↓

*目次

#22 カフェコンセールの人々
#21 物語る猫たち
#20 船と宴、静寂と音楽 ─プルーストの小宇宙─
#19 The manna of the day.
#18 アメリカにおけるコーヒーと自由の関係
#17 デイヴィッド・コパーフィールドのコーヒー。
#16 コーヒーは幻想曲の味。
#15 『シェリ』における甘いココアとクールなコーヒーの関係
#14 ひとりの時間、別れの時間。
#13 コーヒーと創作熱との熱い関係
#12 オーヴェルニュ人が生みだしたパリのカフェ・パリの文化
#11 千差万別、コーヒーの飲み方。
#10 コーヒーの薫りから生まれたもの
#09 雲雀よ雲雀、高く昇って駆けめぐれ。
#08 代用コーヒーの生みの主はナポレオン?
#07 会議は踊り、ウィーン菓子も踊る
#06 千の接吻よりもすてきなコーヒー
#05 コーヒーのうらみ
#04 コーヒーと紅茶の人体実験
#03 カフェ・オ・レ成立までの長くまがりくねった道のり
#02 天才とコーヒー
#01 山羊が見つけたコーヒー豆

カフェ・コンセールの人々 / カフノーツ#222006-06-18

カフノーツはコーヒーにまつわる短いお話をあれこれご紹介します。 コーヒーでも飲みながらのんびりお読みください。


 カフコンスの名前の由来であるカフェ・コンセールは、1860年代頃からフランスで流行した音楽カフェ。華やかに着飾った歌姫や演奏家、コメディアンたちが舞台に立ち、聴衆に娯楽を与えました。当時のカフェ・コンセールは、テレビのない時代の生娯楽。舞台のアーティストたちは、聴衆を楽しませるために、歌うピアニストや腰振りワルツなどの芸を次々と生み出して喝采を浴びていました。

 モンマルトルで有名だった「黒猫」は、画家ロドルフ・サリが自分のアトリエを芸術酒場としてオープンさせたもの。仕送りが絶え、実家の酒を売る酒場を思いつくあたり、サリには商才とプロデュース能力があったのでしょうか。当時流行していたポーの小説の題から名付けられたこの芸術酒場は、文士や画家の表現の場として大きなムーブメントを起こします。詩人シャンソン歌手や影絵芝居などの出し物で、パリの社交名所として「黒船」は大繁盛。若きエリック・サティも、数ヶ月ほどこの店でピアニストとして働いていました。その後、サティは「オーベルジュ・デュ・クルー」、「新アテネカフェ」という店でシャンソン歌手のピアノ伴奏を努めます。1920年代に諷刺音楽家として注目を浴びるサティもまた、カフェ・コンセールで育った音楽家でした。

 カフェ・コンセールのブームは、パリだけでなく地方にも飛び火していました。1905年頃、ムーランという街の「ラ・ロトンド」という店では、20代の若きガブリエル・シャネルが舞台に立ち、シャンソンを歌っていました。当時のカフェ・コンセールでは、歌手と歌手の出番のあいだにつなぎの出し物を見せる、いわばお飾り的女の子「ポーズ嬢」をステージに並ばせていました。士官の取り巻きが多かった美しいシャネルは、ここでポーズ嬢として「ココリコ」「トロカデロでココを見たのはだれ」というシャンソンを歌い、そこからココというあだ名をつけられたといわれています。ココ・シャネルの野心の始まりは、舞台でのスターになること。そしてほとんど同じ頃のパリで、のちの小説家コレットもまた、ダンサーとして舞台に立っていました。当時の女性が自分という商品を武器にして、自立して働くための手段がカフェ・コンセールという場だったのです。20世紀を代表する二人の女性が、カフェ・コンセールを足がかりにして、やがて時代の寵児へと変貌したことを考えると、カフェ・コンセールという装置の、影響力や求心力の凄さを実感させられますね。(カフコンス第28回「カフェコンセールの歌姫」プログラム掲載。)

【参考文献】ハインツ・グロイル『キャバレーの文化史』(ありな書房)/海野弘『ココ・シャネルの星座』(中公文庫)/安達正勝『二十世紀を変えた女たち』(白水社)/荻谷由喜子『音楽史を彩る女性たち』(ショパン)/ソフィ・トゥルバック『ココ・シャネル 悲劇の愛』(集英社)/ポール・モラン『獅子座の女』(文化出版局)

西川公子 Hiroko Nishikawa
ウェブやフリペの企画・編集・ライティング。プレイステーションゲーム『L.S.D.』の原案、『東京惑星プラネトキオ』『リズムンフェイス』のシナリオなど。著作に10年分の夢日記をまとめた『Lovely SweetDream』。最近は老人映画研究家。

物語る猫たち / カフノーツ#212006-03-19

カフノーツはコーヒーにまつわる短いお話をあれこれご紹介します。 コーヒーでも飲みながらのんびりお読みください。


 音楽だけでなく、文学と猫も相性がいいようです。『我輩は猫である』をひもといてみるまでもなく、古今東西の文学作品には猫の登場する数多くの物語があります。河合隼雄が『猫だましい』の中で「犬よりは猫の方が、たましいの不可解さ、とらえどころのなさをはるかに感じさせるように思われる」というように、とらえどころのない自由気ままな猫は、人の心を投影する存在なのかもしれません。猫との関係を通して人間のたましいについて考察する『猫だましい』では、神話の猫、昔話の猫、絵本の猫、化け猫、少女マンガの猫など、さまざまな猫の物語が紹介されており、猫と文学の関係を知るにはとても興味深い内容です。

 猫を飼う人たちが「こころのどこかでいつもねこがいなくなる日のことを覚悟している」といったのは、詩人の長田弘。彼が出会って一緒に暮らしてきた猫との暮らしをファンタジックに綴ったエッセイ『ねこに未来はない』は、珠玉の作品。猫は、いつか唐突にいなくなってしまう存在。心のどこかにいつも、別れを予感しながら愛することの切なさを、明るいユーモアに飛んだ文体で綴っています。

 愛することは、いつか失ってしまうこと。それでも、多くの作家が猫を愛するのは、猫という存在を通して、自分の心の動きを映しだしているせいなのでしょうか。それとも、猫の方が作家を操って、自分たちの物語を綴らせているのでしょうか。まさに猫は不思議な存在。だからこそ、音楽家も作家も、猫に関する数多くの作品を生み出していくのです。

 ペローの『長靴をはいた猫』、コレットの『雄猫』、ポール・ギャリコの『ジェニー』、ル=グウィンの『空飛び猫』。そういえば志ん生の落語にも『猫皿』という噺がありました。猫は悠々と自分の道を散歩し、毛繕いしながら、つかず離れず、微妙な距離を保ちながら、人間のことを眺めています。作家を通して物語る猫たちの声に、耳を澄ましてみませんか?(カフコンス第26回「猫の音楽史」プログラム掲載。)

【参考文献】河合隼雄『猫だましい』(新潮文庫)/野澤延行『ネコと暮らせば』(集英社新書)/長田弘『ねこに未来はない』(角川文庫)

西川公子 Hiroko Nishikawa
ウェブやフリペの企画・編集・ライティング。プレイステーションゲーム『L.S.D.』の原案、『東京惑星プラネトキオ』『リズムンフェイス』のシナリオなど。著作に10年分の夢日記をまとめた『Lovely SweetDream』。最近は老人映画研究家。