『ゴッドファーザーpart3』&『カヴァレリアルスティカーナ』2001-10-12

映画に登場するオペラ作品の数々をとりあげて、
わかりやすく楽しく紹介するコラムです。
この映画もう一回見直してみよう、オペラっておもしろいんだね、って
少しでも思っていただけると嬉しいです。


映画を見たらオペラも見ようよ
第12回『ゴッドファーザーpart3』と
『カヴァレリア・ルスティカーナ』の悲しい宿命
~マフィア映画とヴェリズモ・オペラ その1

マフィア映画に似合うのはやっぱりオペラ。コルレオーネやカポネが劇場に出かけるといったらオペラ以外には考えられません。出し物もこれがまたコテコテにイタリア的で、ジュリア・ロバーツやシェールに似合う『椿姫』『ボエーム』とはまたひと味違う作品が選ばれているのがポイント。

『ゴッドファーザーpart3』のコルレオーネが見に行くオペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ』は、美しい旋律で有名ながら不貞による殺人を生々しく扱ったオペラで、昼メロのフルコースになりそうなストーリーの最後の半日だけがほぼリアルタイムに描かれています。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(トゥリッドゥが兵役から帰ると、恋人だったローラはアルフィオと結婚していた。トゥリッドゥは淋しさをまぎらすためにサントゥッツァを新しい恋人にするが、嫉妬したローラは夫のある身でトゥリッドゥとよりを戻す。ここまではオペラでは省略。)サントゥッツァは泣いてすがるがトゥリッドゥはとりあわず、絶望したサントゥッツァはアルフィオにローラとトゥリッドゥの関係を暴露、トゥリッドゥはアルフィオの決闘を受けて殺される。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

映画ではコルレオーネの息子がトゥリッドゥ役でデビューするのですが、まずオペラの最初でトゥリッドゥがローラをたたえる歌は、幕が開く前の前奏曲の一部として舞台袖で歌われ、物語の前提を説明するだけでなく堂々と人前で歌える関係ではないことも暗示しています。これを聴きながらアンディ・ガルシアがやはり愛してはいけないソフィア・コッポラを見つめるのにも注目。続く馬車屋アルフィオの登場の歌の後、オペラ前半は一気にカットされ、トゥリッドゥが教会帰りの人々にみんなで一杯やろうと誘う「乾杯の歌」、そしてすすめた酒を断わられて事情を察したトゥリッドゥがアルフィオの耳を噛むフィナーレへ。耳を噛むのはシチリアの風習で決闘を受けることを意味するそうで、映画の最初でガルシアが仲直りするはずの相手の耳を噛んでアル・パチーノがあきれたのも無理はありません。この後バチカン絡みの暗殺のためかオペラ前半の讃美歌のシーンが挿入されてからフィナーレに戻り、トゥリッドゥが母親に別れを告げて出ていき「トゥリッドゥが殺された!」という叫びが聞こえて幕。もともと1幕約70分という短いオペラと平行していくつもの暗殺が進行していくのが圧巻です。

しかし映画とオペラに共通するいちばんのポイントは「それまでの経緯が宿命として存在する」ということではないでしょうか。『カヴァレリア』の決闘はローラを巡る争いというよりも不貞という許されない罪の社会的制裁であり、人々はその事を暗黙のうちに了解しています。トゥリッドゥも自分の非を認めて心はすでにサントゥッツァに戻っているものの、もはや決闘以外の道は残されていませんでした。『ゴッドファーザーpart3』の宿命の結末は娘の死、そのラストシーンにはすべてを包み込むかのように『カヴァレリア』の「間奏曲」が静かに流れます。

壮絶なボクシングシーンで有名なデ・ニーロの『レイジング・ブル』(1980米)では、この「間奏曲」のほかに同じマスカーニのやはり美しすぎる曲、『グリエルモ・ラトクリフ』からの「間奏曲」、『シルヴァーノ』からの「舟歌」も印象的に使われています。

さてこの『カヴァレリア・ルスティカーナ』は19世紀末イタリア文学界の現実主義(ヴェリズモ)を代表する小説のオペラ化で、いわゆる下層社会や犯罪までもが初めてオペラに持ち込まれた、当時としては『バトルロワイヤル』的衝撃作でした。その後ヴェリズモはオペラに浸透するものの音楽自体の様式が確立されることはなく、「ヴェリズモの題材を用いたオペラ」が幅広く誕生していきます。例えばプッチーニの『ボエーム』のようなより感傷的(?)な作品もヴェリズモ・オペラに分類されますが、そういう意味では簡潔にストレートに庶民が描かれる『カヴァレリア』や『道化師』こそ「本来のヴェリズモ・オペラ」と呼べる数少ない代表作と言えるでしょう。

次回は『道化師』にデ・ニーロ演じるカポネが涙する『アンタッチャブル』。

◇『ゴッドファーザーpart3』THE GODFATHER PART3(1990米)
監督:フランシス・フォード・コッポラ
音楽:カーマイン・コッポラ(テーマ曲:ニーノ・ロータ)
出演:アル・パチーノ/アンディ・ガルシア

◆『カヴァレリア・ルスティカーナ』CAVALLERIA RUSTICANA(1890初演)1幕
作曲:マスカーニ P.Mascagni(1863-1945)
原作:ヴェルガの同名の小説
台本:タルジョーニ=トッツェッティ/メナッシ

川北祥子(stravinsky ensemble)
東京芸術大学大学院修了、「トムとジェリー」とB級映画とパンダを愛するピアノ奏者。
「トムとジェリー」からはクラシック音楽の神髄を、
B級映画からはお金がなくても面白いコトに挑戦する心意気を学ぶ。
パンダからは…?


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

*オマケ話(gingapanda掲載の連動コラム)
白い影

ある日何気なくつけたテレビから流れてきたカヴァレリアの間奏曲、しかしそこに映っていたのはパチーノでもデニーロでもなく、亡くなった入院患者いかりや長介と主治医中居くん!バラエティのギャグだと信じて爆笑しながらチャンネルをかえた私は、後日それが「白い影」という100%シリアスな大人気ドラマだという驚愕の事実を知人から聞かされたのでした。そして再放送を真面目に見始めた私は再び想像を絶する衝撃のシーンに遭遇したのです。それは何と、マ、マーラーを聴いている中居くんの姿…(絶句のち爆笑)私はこれから一生マラ5を聴く度に中居くんを思い出してしまうのでしょうか(泣)カルメン序曲→『がんばれ!ベアーズ』、ワルキューレの騎行→『地獄の黙示録』と並ぶ3大トラウマ?になりそうでちょっと憂鬱。逆にカルトファン(中居くんと役名直江の頭文字をとってNNと呼ばれるカルトファンも多いらしい)には『ヴェニスに死す』のマーラーなんか許せないんでしょうねぇ。ましてや『タンポポ』など論外?

『アンタッチャブル』&『道化師』2001-10-31

映画に登場するオペラ作品の数々をとりあげて、
わかりやすく楽しく紹介するコラムです。
この映画もう一回見直してみよう、オペラっておもしろいんだね、って
少しでも思っていただけると嬉しいです。


映画を見たらオペラも見ようよ
第13回 現実の物語『アンタッチャブル』と『道化師』
~マフィア映画とヴェリズモオペラ その2

『ゴッドファーザーpart3』と同じくオペラ観劇中に暗殺が進行する『アンタッチャブル』。オペラの舞台のシーンはほんの一瞬でしたが、使われていたのは一瞬でも強烈な名曲中の名曲、イタリアオペラを代表するアリア「衣装を着けろ」です。

まずは『道化師』ストーリー(ピンク色の部分がカポネも涙した「衣装を着けろ」)。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
プロローグ。一座の役者トニオが道化の衣装で「これからお目にかけるのは作りもののお芝居ではなく、生身の人間の人生なのです。」と前口上を述べる。

1幕、祭りの日、旅芝居一座の四人が村へやって来る。座長のカニオと役者のペッペは村人と飲みに出かけ、座長の妻ネッダはトニオに口説かれるが冷たく追い払う。そこへ村の青年シルヴィオがネッダに会いに来る。ネッダは夫にも一座にも嫌気がさしていて、シルヴィオと今晩芝居の後に駆け落ちしようと約束する。しかしそこへカニオが戻って来て、見つかったシルヴィオは急いで逃げる。カニオはネッダに相手の名前を問い詰めるが、芝居の時間が迫る。カニオは「お前は道化師、衣装を着け、笑うんだ」と、絶望の中で喜劇を演じなければならない境遇に泣く。

2幕、芝居小屋に村人たちが集まり、「カニオの妻ネッダは言い寄るトニオを相手にせずペッペと駆け落ちする」という現実と酷似した道化芝居が始まる。カニオは演技でネッダに不倫相手の名を尋ねるうちに現実との区別がつかなくなり、本気でネッダを問い詰める。迫真の演技に大喜びの観客も次第に異様さに気付き始める。ついにカニオはネッダをナイフで刺し、客席から飛び出して来たシルヴィオも刺して、観客たちに「喜劇は終わりました」と告げる。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

さてこの『道化師』と前回の『カヴァレリア』は現在では「元祖ヴェリズモ」の双璧とされていますが、『道化師』は『カヴァレリア』の影響を受けて、というよりも『カヴァレリア』の成功に対抗して翌年に書かれた作品。「浮気の上の殺人」という同じ題材、間奏曲をはさんで続けて演奏される場面構成、前奏曲中のセレナードと前口上、歌ではなく語られる最後の台詞など、多くの共通項も勝負を挑むかのようです。詩情の『ゴッドファーザー』にも通じる『カヴァレリア』では、浮気は「罪」「人前で口にしてはいけない事」とされ、殺人も舞台裏で行われ、ヴェリズモが旋律の美しさとキリスト教のヴェールで包まれた感もありましたが、シャープな『アンタッチャブル』にも通じる『道化師』はもっと生々しくストレートで、浮気の現場も殺人も見せ、旋律よりも音型が重要に扱われ、文学と音楽の一貫したヴェリズモをさらに実現していると言われます。『アンタッチャブル』では、舞台上のカニオが「衣装を着けろ」と泣きながら笑う時、客席のカポネは涙を浮かべますが、そこへ暗殺成功の知らせが届くと、その表情はおそろしい笑みに変わります。二人の「泣きながら笑う男」(竹中直人さんじゃありません)が壮絶なシーンです。

『カリフォルニア・ドールズ』(1981米)では、女子プロレスチームのマネージャー、ピーター・フォークが移動中のカーラジオでいつもオペラを聴いていて、特にお気に入りなのが「衣装を着けろ」でした。フォークはこのアリアを「どんなに辛くても悲しくてもただ次の町へ行くだけだ」という旅芸人の悲哀の歌だと説明していました。

衣装ならぬ仮面をつけるお話『マスク』(1994米)では、ジム・キャリーがポンコツの代車を押し付けられる修理屋に流れていたのが「衣装を着けろ」でした。アメリカ映画のカーラジオや工事現場のラジオから流れる「オペラ」にはきっといろいろなニュアンスが含まれているのでしょうが、日本人の私には実感できないのが残念なところです。(邦画の修理工場で流れる北島三郎と矢沢永吉のニュアンスの違いなら少しは解るかなあ…)

ところで『アンタッチャブル』といえばシカゴ、もちろんカポネの出かけたのはシカゴ・リリック・オペラです。ここは新作や斬新な演出も得意としていて、舞台をシカゴの暗黒街に置きかえた『リゴレット』は必見。もともとオフィスビルだったという建物がシブい劇場でした。一方『ゴッドファーザーpart3』のシチリアのテアトロ・マッシモは、19世紀からの歴史とヨーロッパ一の規模を誇る風格の大劇場(劇場内部はセットでの撮影だそう)。撃ち合いなどしないで大事に後世に残していただきたいものです。

次回はサンフランシスコ・オペラでまたもや暗殺!?といってもコメディの『ファール・プレイ』。

◇『アンタッチャブル』THE UNTOUCHABLES(1987米)
監督:ブライアン・デ・パルマ
音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:ケヴィン・コスナー/ショーン・コネリー

◆『道化師』I PAGLIACCI(1892初演)プロローグと2幕
作曲:レオンカヴァッロ R.LEONCAVALLO(1858-1919)
原作:実話より(マンデス「タバランの妻」?)
台本:作曲者

川北祥子(stravinsky ensemble)
東京芸術大学大学院修了、「トムとジェリー」とB級映画とパンダを愛するピアノ奏者。
「トムとジェリー」からはクラシック音楽の神髄を、
B級映画からはお金がなくても面白いコトに挑戦する心意気を学ぶ。
パンダからは…?


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

*オマケ話(gingapanda掲載の連動コラム)
カリフォルニアドールズ

『カリフォルニアドールズ』は女子プロレスの話だからって敬遠してる方へ。私もポスターのオネエさんレスラーの絵で見るのヤメましたがあとから誤解だったとわかりました。格闘技は好きじゃない私もオッケーのいいドラマです。ロバート・アルドリッチ監督(『ロンゲストヤード』大好き!)&ピーター・フォークと聞いて「ん?」と思った方は是非是非。ちなみに「女心の歌」「朝の歌」「マルタ」「人知れぬ涙」「アヴェマリア」などがカーステレオから流れます。クレジットにoperatic arias sung by Don Giovanniとあるのが謎。「衣装をつけろ」は『何かいいことないか子猫チャン』のウディ・アレンの口パクも楽しいのですが、女の子口説くのにこんなの歌っていいのかが謎。