コクトーのテキストによる作品とクラリネット2002-03-22

Série Poulenc ~ à Mickey プーランクシリーズ 2
於:榎坂スタジオ

*曲目

Francis Poulenc (1899-1963) / Jean Cocteau (1889-1963)
フランシス・プーランク / ジャン・コクトー:

Novelette (1928)
ノヴレット 変ロ短調
(pf. 川北祥子)

Cocardes (1919)
リボンの飾り
  1.Miel de Narbonne ナルボンヌの蜂蜜
  2.Bonne d'enfant 子守りさん
  3.Enfant de troupe 兵隊さんの子分
(sop. 渡辺有里香 pf. 川北祥子)

La dame de Monte-Carlo - monologue pour soprano (1961)
モンテカルロの女
(sop. 渡海千津子 pf. 川北祥子)

Sonate pour clarinette et piano (1962)
クラリネットとピアノのためのソナタ
1.Allegro tristamente
2.Romanza
3.Allegro con fuoco
(cl. 大成雅志 pf. 川北祥子)

La voix humaine - tragédie lyrique en un acte (1958)
人間の声 より
(sop. 安陪恵美子 pf. 川北祥子)

encore:トレアドール (1918/32)
(sop. 渡辺有里香 渡海千津子 安陪恵美子 cl. 大成雅志
 pf. 川北祥子)


*解説

 プーランクの音楽とは、平凡社音楽大事典によれば「ロマン派音楽から解放された真のフランス的伝統に立脚した音楽の創造をめざした」「洗練された感性と軽妙な機知とユーモアにあふれ、みずみずしい詩的情緒みなぎる作品」「(晩年の作品には)宗教的感情や崇高さが加わり深い独自の境地」。でも、彼の音楽を聴くのにそんなものさしはまったく不要。今回はピアノによる1分45秒の馬鹿騒ぎとコクトーのこの言葉で演奏会を開幕したいと思います。~「心を使ってごらん。」<川北祥子>

 前回、プーランクの歌曲について「詩の内容はさることながら、詩人によっても曲の趣が異なる」と紹介したが、今回のコクトーもまた特徴的な曲となっている。「リボンの飾り」は詩がしりとり・連想ゲームのようになっていて、前の言葉と後ろの言葉が韻を踏むように同じ音で括られたり、連想される言葉の連続であったりする。字面の意味を追うだけでは全く何のことやらわからない。しかし、言葉を景色に替えていくと詩がぱっと広がって行くのが分かる。それはプーランクによって更に鮮やかな色彩や動きとなり、いよいよ点が空間へと膨らむ。(本来はヴァイオリン・コルネット・トロンボーン・大太鼓/トライアングルのアンサンブル)<渡辺有里香>

 モンテカルロ!・・・それはコクトーにとってもプーランクにとっても、心躍る若き日の思い出のキーワードでした。プーランクがその晩年、静養先のモナコで偶然見つけたこのテクストは、たちまち彼の心を20代の“馬鹿騒ぎの記憶”へと引き戻したようです。そしてコクトーもまた、同じ思い出を胸にこのモノローグを書いていたのでした。プーランクはこの思いがけず手にした贈り物に、楽しみながら一気に曲を書き上げたといいます。およそ7分の間にくるくると変わる女の気分を描く彼の筆先は、直前二本のオペラで流した涙の分だけ生き生きと、凝縮した形で効果的に運ばれています。どんな女の物語ですって?ま、少なくとも私とは正反対の女・・・今のところは、ね。<渡海千津子>

 今夜唯一の管楽器の作品をお聴き頂きましょう。この曲は生前親交の有った作曲家オネゲルとの思い出に捧げられたもので、何とプーランク最後の作品であります。参考までに言いますと、今年でこのソナタが書かれてちょうど40年(1962作)。全体を通じて悲しげな雰囲気が満ちており最晩年の作品に相応しい格調の高さに溢れている気が。更についでに言いますと、クラリネットの曲を書くと亡くなる作曲家が多いって言われています。モーツァルト、ブラームス、サンサーンス、そしてプーランク・・・。お客様の中で、どなたかその関係について研究して下さる方いませんか?<大成雅志>

 叙情的悲劇「人間の声」は、ジャン・コクトーの戯曲にもとづき、1958年に作曲されたオペラで、全一幕約40分の間、主人公の女性がただ一人電話で話し続ける、大変現代的な一人芝居です。数日前に恋人から別れ話をされた女性と、こともあろうに、明日、別の女性と結婚してしまうその恋人との最後の電話が物語になっており、女性が電話に向かって、切々と「虚言」を言い、最後には電話線を首に巻いてしまう・・・。といったちょっと怖い?ストーリーです。今回は3つの場面を抜粋して演奏致します。<安陪恵美子>


*歌詞大意

「リボンの飾り」

* ナルボンヌの蜂蜜

心を使ってごらん。
 道化師たちが黄金のフンから花と咲く。
眠ること! 一蹴りすれば飛べる。
「おらと遊んどくれ」
モアブ人、青十字の女性。キャラバン。
バニラ、ペッパー。タマリンドのジャム。
船乗り、襟、飾り房、口ひげ、マンドリン。
リノリウムのだまし絵。ありがとう。
映画、斬新な詩よ。

* 子守りさん

テクラ、我々の黄金時代よ。
 パイプ、カルノー、ジョフル。
私はすべての頭痛持ちに申し出る、、、
キリン。結婚式。ギュスターヴの挨拶。
グノーのアヴェ・マリア、つつましい乙女、
市長の歌、旅行クラブ、蓄音機。
はり紙、生彩のある犯罪。機械じかけのピアノ、
ニック・カーター、ひどい話だ!
自由、平等、友愛。

* 兵隊さんの子分

コルネット一本の曲、ポルカ。
ソフトキャラメル、すっぱいキャンディー、はっかのあめ玉。
幕間。木靴の匂い。
太鼓たたきに殺されたサテンの美しい獲物。
ハンブルク、小ジョッキ、木いちごのシロップ
自らの手を使う鳥刺し。
幕間の寸劇、青い軍服。
空中ブランコが死に香を捧げる。

「モンテカルロの女」

死人たちの中でも一番死人らしいってのに、
まだ生者たちのところを這いずってる
あらゆる事があたしらを締め出し
そのうえさっさと門前払い
もう若くもなく愛されもしない女…
閉まったドアの後ろで、
残る道は水にドブンか
ハジキを買うばかり。
そう、だんな方、これが
臆病者やろくでなしどもの末路さ。
だけど、もしもそんなことにびびって
怖さがまといついてたり
血管切るのに怖気づくなら
ともかく、思い切って運を試しに
モンテカルロへ旅してみるか

モンテカルロ、モンテカルロ。
ようやくあたしの一日も終わったよ
眠りたい
地中海の水の底でね

あたしらの魂 売って
もう二度と取り返さないつもりで
アクセサリー質に入れたら、
ルーレットは素敵なオモチャ。
「賭けるわ」って言うの、イカすでしょ。
そいつは頬に火をつけ
それに瞳を輝かせるわ。
キレイな喪のヴェールの下で
あたしら綺麗な未亡人の名を騙ったわ。
爵位は誇りをくれる!
夢中で、支度して、すべてまっさらで、
さあ、いつものカードしにカジノへ乗り込むよ。
あたしの羽根やヴェールをご覧なさい、
モンテカルロへあたしを導く
ぎらぎら光る幸運の星、よくご覧なさいませ。

ツキは女ね。やきもち焼いたのさ
その勿体ぶった未亡人の有様に。
信じたに違いない、
あたしが本物の大佐と結婚してたってね。
あたしは勝ってた、勝ってたんだ12で。
それなのにドレスはほころび、
毛皮のその髪は抜け落ちた。
いくら「今度こそ」と繰り返しても
ツキがあたしらを嫌ったとたん、
心がイライラしたとたん、
ちょっと身動きしたって、
銅貨をテーブルの上に押し出したって、
離れていくツキは
間違いなく数字やカードを変えちまう
モンテカルロのテーブルの。

悪党め、とんまめ、性悪め!
奴らあたしを外につまみ出した…外に…
それに汚いってあたしを非難しやがる、
奴らの広間に不幸をもたらすってさ、
あいつらのきったない漆くいの広間にね。
あたし、トリック教える事だって出来たのに
タダで、王子や、王女にね、
ウエストミンスター公にも、公爵にだって、
そうさ、確かにね。
そんなこともう止しなさい、
奴らあたしにこう叫んでた、お前の仕事は!
お前の仕事だって…!
あたしの発見したこと。
それ、緑のテーブルにはもうあげないよ。
モンテカルロにゃいい気味さ。

モンテカルロ

で、こうして今、あんた方に喋ってるけど、
あたしゃ言わないよ、どれだけ
モンテカルルで身を削ったかなんて
モンテカルル、いやモンテカルロ。
あたしはもう見る影もないね…
倍賭けだ、システムだ、
しかもディーラーたちは権利振りかざし
遠くからあたしらの指を叩くのさ、
ちょいと賭金 失敬しようものなら。
おまけに宿にはツケがあるし
いつだって同じシュミーズ
それも汗でぐしょ濡れの。
奴ら何やってもムダさ。そんなにバカじゃない。
今夜あたしは頭から飛び込むのさ
モンテカルロの海の中にね。
モンテカルロ

「人間の声」

(夜の11時にかかった彼からの電話。彼女は今帰ったところでまだ薔薇色の服を着たままなの、と明るく話し始める。しかし彼女は彼から二日前に別れを告げられたばかりだった。電話が途切れてとり乱した彼女は、再びかかった電話で次第に本心を語り出し、ついには自殺未遂を告白する。そして……)

 もしもし!ああ、あなた!あなたなの?切れたのよ。……いえ、いえ、待っていたの。ベルが鳴って、受話器を取ると誰も出なくて。きっと……きっとそうね……あなた眠いんでしょう?また電話を下さるなんていい人、とてもいい人。いえ、ここにいるわ。え?馬鹿な事よ、許して。何ともないわ。誓って何ともありません。同じことよ。本当に何も。違うわ。これだけは理解して、話してると、話してると……あなた聞いて。私はあなたに嘘をついたことはなかった。ええ、分かってる、分かってる、あなたを信じてるわ、そのことはよく分かってる……いいえ、そうじゃなくて……私はあなたに嘘をついたからなのよ……さっき、電話で、15分前から嘘をついていたの。夕食は食べなかった。薔薇色のドレスではなく、寝間着にコートをはおっているわ。だって、あなたからの電話を待ち続けて、受話器を眺めて、座ったり、立ったり、歩き回っているうちに、気が変になってしまったの!……ここで……何も食べず。何もできなくて、とても気分が悪くて。昨日の晩、眠れるように薬を一つ飲もうとしたの。もっと飲んだらよく眠れるだろうって、もし全部飲んだら夢も見ず目も覚めずに、死んでしまえると思ったわ。薬をお湯で12錠飲んだの、一気に。そして夢を見たの。この通りに。目が覚めたときは夢だったと思ってとても満足だったわ。でもこれは本当のことで、私は独りで、あなたの隣で眠っていたのではないと気づいたら、私はもう生きていられないと感じたの。体が軽く、軽く、冷たくなって、心臓の鼓動も聞こえなくなって、でも死はまだ遠かった、するととても苦しくて、1時間位してマルトに電話したの。独りで死んでいく勇気がなかったのね。あなた……あなた……

 何?ああ!ええ、ずっとよくなったわ。もし電話を下さらなかったら、きっと死んでいたわ。許して。ひどい事だって分かってる、よく辛抱して下さっているわね、でも、私苦しいの、分かって。この電話線が私達を結んでいる最後のものなのよ。おとといの晩?眠ったわ。電話を抱いて寝たのよ……いえ、いいえ。ベッドの中で。ええ。分かってるわ。とても変わっているけれど、でも私はベッドの中に電話を持ち込んだ、どんな事があっても電話は私達をつないでくれるから。なぜって、あなたが話して下さるからよ。この5年間、私はあなたと生きていたの、あなただけが私の空気、私はあなたを待って過ごし、あなたが遅いと死んでしまったのかと思い、そうだったら私も死のうと思い、あなたが帰ったら生き返ったようになり、またあなたが出かけると死ぬほど怖かったわ。今はあなたが話して下さるから、私息ができるの。もちろん、あなた、眠ったわ。眠れたのは、最初の晩だったからよ。最初の晩は眠れるの。耐えられなくなるのは二日目の夜、つまり、昨日の晩、そして三日目、明日、それから来る日も来る日もいったい何をすればいいの?そして……そして眠れたとしても、夢を見て、そして目が覚める、そして何か食べて、起きて、顔を洗い、出かけて、そしてどこへ行けばいいの?だって、いとしいあなた、私にはあなた以外に何もすることがなくなってしまったの。マルトには彼女のきちんとした生活がある。私は独りきり……

 もしもし!もしもし!神様、彼がかけ直してくれますように。神様、彼がかけ直してくれますように。神様、彼がかけ直してくれますように。神様どうか……切れてしまったの。私が話していたのは、もしあなたが優しさから嘘をついて私がそれに気づいても、あなたへの気持ちがもっと愛しくなるだけだということよ。もちろん……馬鹿ね!あなた、愛しいあなた。やらなきゃいけないのはよく分かってる、でも残酷なことだわ。まだ私にはそんな勇気がないの。ええ。向い合っているような気もするけれど、突然地下室や下水道や町全体が私の中に入り込んでくるの。私、電話線を首に巻いているの。あなたの声を首に巻いているの。あなたの声を首のまわりに。電話局が偶然にでも通話を切らなければならないわ。ああ!あなた!どうしてわたしがそんなひどい事を考えているなんて思うの?よく分かってるわ、この事は私よりあなたの方がもっと辛いって……いえ……いいえ……マルセイユに?……聞いて!あなたがあさっての晩マルセイユにいらっしゃるのなら、どうか……できるなら……私達がいつも泊ったあのホテルには泊らないでいただきたいの。怒ってらっしゃらない?……なぜかというと、私の知らない所で起こる事は、想像できない事と同じだし、もし起こったとしてもよく知らない場所での事ならそれほど嫌な思いをすることも少ないわ……分かって下さる?ありがとう……ありがとう。いい方ね。私、愛しているわ!!それじゃあ、ね。いつもの癖で、じゃあまた、って言いかけてしまったわ。それはどうかしら。ああ!その方がいいわ。ずっといいわ。あなた……すてきなあなた。私はしっかりしているわ。早く。さあ。切って!早く切って!愛してるわ、愛してるわ、愛してるわ、愛してるわ……愛してる……


*出演

渡辺有里香 ソプラノ
慶應義塾大学文学部独文科卒業。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業、同大学大学院修士課程修了。沢田文彦、三林輝夫の各氏に師事。東京芸大卒業演奏会出演。小澤征爾音楽塾オペラプロジェクト「フィガロの結婚」「コジ・ファン・トゥッテ」(モーツァルト)に参加。現在、フランス歌曲を中心としたコンサートや、モーツァルト「戴冠ミサ」等のソリスト、新曲の初演、楽器とのリサイタルなど多岐に渡った演奏活動を行っている。

渡海千津子 ソプラノ
東京音楽大学音楽教育科卒業、東京藝術大学声楽科卒業、同大学院修士課程終了。また昨年9月より渡伊し、ミラノにて研鑽を積む。声楽を川上洋司、田中奈美子、朝倉蒼生、M.レアーレ、L.マルツァガリア、F.アルバネーゼの各氏に師事。また、オペラ演奏解釈をD.マッツォーラ氏に師事。

安陪恵美子 ソプラノ
東京芸術大学声楽科卒業。同大学院オペラ科修了。二期会オペラスタジオ第37期修了。1993年、1994年優秀賞受賞。1992年日本音楽コンクール入選。平成12年度文化庁芸術インターンシップ研修員。サイトウ・キネン・フェスティバル「イエヌーファ」、新国立劇場「魔笛」、二期会オペラ公演「魔笛」、「フィガロの結婚」に出演する他、新日本フィルハーモニー定期「ファウストの情景」ソプラノソロ、都響定期(ジャン・フルネ指揮)「ペレアスとメリザンド」イニョルド役にも出演している。中村浩子氏師事。上野学園短期大学部講師。二期会、コンセールC各会員。

大成雅志 クラリネット
京都市堀川高校音楽科卒業。東京芸術大学音楽学部中退。第68回日本音楽コンクールクラリネット部門入選。現在、オーケストラ、室内楽を中心に活動する他、水戸室内管弦楽団、小澤征爾音楽塾オペラプロジェクト等に参加。最近はスタジオワークも多く、NHK朝の連ドラ「ほんまもん」、TBS「恋を何年休んでいますか」、中森明菜の最新アルバム等の録音にも参加。クラリネットを海川雅富、内山洋、村井祐児、三界秀実、鈴木豊人、ヴェンツェル・フックス、ペーター・シュミ-ドルの各氏に師事した。アンサンブル・セシード、ミューゼシード室内管弦楽団メンバー。

川北祥子 ピアノ
東京芸術大学卒業、同大学院修了、同非常勤講師(伴奏)を経て、現在フリーのアンサンブル奏者として活動。第31回日演連推薦新人演奏会演奏連盟賞、NHKFM土曜リサイタル出演、第5回日本声楽コンクール共演者賞。

ヴィルモランのテキストによる作品とフルート2001-11-12

Série Poulenc ~ à Mickey プーランクシリーズ 1
於:榎坂スタジオ

*曲目

Francis Poulenc (1899-1963) / Louise de Vilmorin (1902-1971)
フランシス・プーランク / ルイーズ・ドゥ・ヴィルモラン:

Novelette (1927)
Novelette sur un thème de Manuel de Falla (1959)
ノヴレット ハ長調
ファリャの主題によるノヴレット ホ短調
(pf.川北祥子)

Trois Poèmes de Louise de Vilmorin (1937)
ヴィルモランの3つの詩
  1.Le garçon de Liège リエージュの少年
  2.Au-delà あの世
  3.Aux officiers de la garde blanche 白衣の天使たちに
(sop.渡辺有里香 pf.川北祥子)

Sonate pour flûte et piano (1957)
フルートとピアノのためのソナタ
  1.Allegro malinconico
  2.Cantilena
  3.Presto giocoso
(fl.斎藤和志 pf.川北祥子)

Un joueur de flûte berce les ruines (1957)
廃虚を守る笛吹き
(fl.斎藤和志)

Villanelle pour pipeau et piano (1934)
笛とピアノのためのヴィラネル
(picc.斎藤和志 pf.川北祥子)

Mètamorphoses (1943)
変身
  1.Reine des mouettes かもめの女王
  2.C'est ainsi que tu es お前はこんなふうだ
  3.Paganini パガニーニ
(sop.渡辺有里香 pf.川北祥子)

Fiançailles pour rire (1939)
気まぐれな婚約
  1.La dame d'André アンドレの奥さん
  2.Dans l'herbe 草の中で
  3.Il vole 飛んでいるのね
  4.Mon cadavre est doux comme un gant
    私の亡骸は手袋のように柔らかく
  5.Violon ヴァイオリン
  6.Fleurs 花
(sop.渡辺有里香 pf.川北祥子)

encore:マズルカ (1949)
(sop.渡辺有里香 fl.斎藤和志 pf.川北祥子)


*解説

 20世紀のフランス歌曲、と聞いても大抵はピンとこない。フランス歌曲ということはシャンソンなのか、しかも現代曲?プーランクはれっきとしたその代表格であるが、彼の場合は分かりやすい。今までの音楽の流れを踏襲したフランス語テキストの歌曲だからである。古くはヴィクトリア、バッハ、モーツァルト、そしてドビュッシー、ストラヴィンスキー、サティとありとあらゆる音楽を愛した。つまり、現代の作曲家に見られがちな新しい試みに目を向けた音楽というよりも、今までの流れから派生させて出てきた音楽といえる。そこにプーランクの個性が加味されて、結果的に独特の雰囲気を作り上げることになった。特にユーモアあるパリッ子であること、信心深いことなどがあるが、選んだ詩について往年の大詩人(ヴェルレーヌなど)を取り上げず、自分と同世代の詩人を選び実際の交流の中から詩に対する理解を深めたことは大きくプーランクの歌曲を特徴づけている。詩の内容はさることながら、詩人によっても曲の趣が異なるのである。例えばアポリネールにつけた曲が諧謔的な要素を持つのに対し、エリュアールのものは深遠で深刻だ。今回取り上げるヴィルモランには、色気が溢れている。女性の持つ時に上質で時に悪質な色気。
 140曲以上の歌曲を作曲したプーランク。今夜はほんの一部のご紹介であるが、これを機にぜひ親しみをもっていただけたらと思う。(渡辺有里香)

 今回演奏しますF.プーランクのソナタは現在、もっともよく演奏されるフルートソナタのひとつであり、自然で美しい旋律が愛されておりますが、この曲が作曲されたのは1952~57年と、ごく最近だと言うことに驚かれる方も多いと思います。いわゆる現代音楽として演奏されるL.ベリオのセクエンツァ(1958)など、また、邦人作曲家では、福島和夫の瞑(1962)などと同時代だと考えると、不思議な感じをうけます。(初演は、故J.P.ランパル氏によって行われ、大成功を収めたと言う記事が残っています)しかし、残念なのは、これだけ新しい作品であるのに、作曲家の自筆譜(正確には、印刷譜に校訂がされたもの)が残されていないということです。90年代になり、研究者の手によって、それまで出版されていた譜面に様々な校訂をした譜面が発売され、大きな論議になりました。それによりますと、100箇所以上の校訂すべき可能性のある部分が指摘されておりますが、本日は、それらをすべてとりあげることはせず、しかし基本的に新版によって演奏いたします。万が一、演奏者の指まわりが「?」となったとき、「間違えやがったなヤロウ」とならず、「ああ、新版ではそうなってるのかしら」と思っていただけると幸いです。(斎藤和志)

 プーランク作品はしばしば「パッチワーク」と喩えられるように、有名な六重奏曲などは「20分で早わかりプーランクのすべて」といった感じに次々とモティーフが繋ぎ合わされ、とらえ所がないと思われる方も多いでしょう。しかしその中で歌曲やフルートソナタのように緻密な構成と評される作品もあります。歌曲の場合は詩(いわば構成)が先に存在するわけで、またフルートソナタはオペラ(いわばもっと大きな構成)の執筆の合間に書かれ、前述ランパル氏の助言により推敲が重ねられたことも大きく影響していると思われます。一方ピアノ曲はピアニスト・プーランクの即興という性格が強いためか、数十曲のほとんどがごく短い小品で、残念ながらソナタのような規模の作品は残されていません。本日演奏いたします2曲、それぞれ古典と同世代の音楽に着想を得たノヴレット(自由な形式の小品の意味でシューマンのものは物語的展開をも持つ)も、一つのアイディアを無理に展開させることなく、約2分の内にその世界を閉じます。(川北祥子)


*歌詞大意

「ルイーズ・ドゥ・ヴィルモランの3つの詩」

* リエージュの少年

おとぎ話の少年が、
私に向って 月並みな挨拶を大げさにした。
吹きさらしの並木の脇の、
法の木の下に立ったまま。

過ぎた季節の鳥たちが
雨でも構わずはしゃいでいた、
そして私はどうかしたのか、
少年に言った。「退屈なの」

偽りの優しい言葉もかけずに、
その晩私のさびしい部屋へ、
彼は青ざめた私を慰めにきた。
彼の影は私に約束してくれた。

でも彼はリエージュ※の少年で
まるで風のように軽く軽く、
どんな罠にも捕まらず
晴天の野原を駆け巡る。
 ※ベルギーの町リエージュと、
  コルクのように軽いという意味をかけている。

そして 私は その時から、笑いたくなった時には、
ネグリジェに身を包む、
ああ!美しい若者よ、私は退屈なの、
ああ!ネグリジェを着て、死ぬほど。

* あの世

酒だ!あの世だ!
お楽しみの時には、
選ぶことは裏切りではない、
私はあいつを選ぶわ。

私はあいつを選ぶの
私を楽しませることができるあいつを、
あちらこちらを一本指で、
字を綴るように。

字を綴るように、
あいつはあちこちに現れる、
あいつには言わないけれど
私はそういう遊びが好き。

そういう遊びが好きなの、
ひと吹きで終わってしまう、
最後のため息まで
私はそういう遊びを選ぶわ。

酒だ!あの世だ!
お楽しみの時には、
選ぶことは裏切りではない、
私はそういう遊びを選ぶわ。

* 白衣の天使たちに

白衣の天使たち、
夜に浮かぶとある考えからお守りください、
格闘や
腰に置かれた手からお守りください。

何よりも彼から私をお守りください
袖をひっぱり
危険の方へ力いっぱいに
輝く水のあるどこかへ連れていくあの人から。

今日よりももっとあの人を愛してしまう日の
苦しみから救って下さい、
そして窓やドアに既に死んだ女性のような
私の横顔を押し付ける
冷たいじめじめとした期待から。

白衣の天使たち、
私はこの世であの人のために泣きたくはないのだ
雨のように泣きたいのだ、
あの世で、ツゲで飾られた星で、
後に私が透明になって、
退屈なこの世のはるかかなたを漂うときに。

曇りなき良心を持つ天使たちよ、
美しい顔をした天使たちよ、
鳥たちの飛ぶ宙でことづけておくれ、
節度を求める者たちへの伝言を。そして
指輪のないつながりを私達のために作り上げておくれ。

「変身」

* かもめの女王

かもめの女王、私のみなしごよ、
私はお前がバラ色なのを見た、覚えている、
昔のお前の喪の
  泡立つもやの中で。

困らせても口づけが好きなバラ
お前は私の手に身をゆだねた
私達の絆のヴェール
  泡立つもやの中で。

赤くなれ、赤くなれ、私の口づけがお前を見抜く
大通りの分かれ道で捕えられたかもめ。

かもめの女王、私のみなしごよ、
お前は私の手に身をゆだね赤くなっていた
泡立つもやの中でバラ色に
  私は覚えている。

* お前はこんなふうだ

お前の肉体、魂の混ざった体、
もつれた髪、
時を追いかけるお前の足、
広がり、私のこめかみに
ささやく、お前の影。
ほら、これがお前の姿だ、
お前はこんなふうだ、
そして私はお前にそれを描こう
夜が来るのだから、
お前が信じられ、言えるように、
あなたは私をよく知っているわね、と。

* パガニーニ

ヴァイオリン 海馬と海の魔女
心のゆりかご、心とゆりかご
マグダラのマリアの涙
女王のため息 - エコー

ヴァイオリン、軽やかな手さばきの高慢さ
水の上を馬に乗って出発
神秘と重なっている恋
祈る盗人 - 鳥

ヴァイオリン、身分違いの女
森をかける長靴をはいた猫
きまぐれな真実の井戸
公開懺悔 - コルセット

ヴァイオリン、苦しむ心のアルコール
夕方の筋肉びいき
突然な季節の両肩
かしわの葉 - 鏡

ヴァイオリン、沈黙の騎士
幸福から逃れたおもちゃ
無数に現れる胸
遊覧船 - 狩人

「気まぐれな婚約」

* アンドレの奥さん

アンドレは知らない
今日彼が手を取った夫人を。
彼女はこの先愛情があるだろうか?
夜への魂をもっているだろうか?

田舎のダンスパーティーの帰り
ゆったりした服を着たまま
干し草の山の中に婚約指輪を
たまたま探しにいったのだろうか?

彼女は昨日の気配の中で待ちかねていた、
夜がおそろしかったのだろうか、
彼女の庭に、冬が
大きな並木道からやってきた時に?

彼は彼女の様子のせいで、
日曜の機嫌の良さのせいで彼女を愛した、
彼女は最高の時のアルバムの
白いページで色あせているのだろうか?

* 草の中で

私はもう何も言うことができない
彼のためには何もできない
彼はその美しさゆえに死んだ
彼はその美しい死ゆえに死んだ
外で
法の木の下で
静寂の真ん中で
景色の真ん中で
草の中で。
彼は人目に触れずに死んだ
自分が明らかにやって来たことを
呼びながら
私を呼びながら。
しかし私は彼から遠く離れていて
彼の声はもう届かなかったので
彼は森の中で一人で死んだ
子どもの頃の木の下で。
私はもう何も言うことができない
彼のためには何もできない。

* 飛んでいるのね
  ※「飛ぶ(voler)」と「盗む(voler)」をかけた言葉の遊び。

太陽が沈んでいきながら
私のテーブルのニスに映し出される
それは金メッキされたはさみの先の
作り話に出てくる丸いチーズ。

でもカラスはどこへ?飛んでいるわ。

私は縫い物をしたいのに、磁石が
私の縫い針を全部引き寄せてしまう。
九柱戯をする人達が広場で
次々ゲームで時を過ごす。

でも私の恋人はどこへ?泥棒してるわ。

私の恋人は泥棒、
カラスは飛んで、恋人は盗む、
心の泥棒は約束を守らない
チーズ泥棒はお留守。

でも幸せはどこへ?飛んでいるわ。

私はしだれやなぎの下で泣く
涙をその葉に混ぜる。
私は泣く、誰かに受け入れて欲しいから
そして私が恋人に好かれていないから。

でも愛はいったいどこへ?飛んでいるの。

私の理性の無さに意味を見つけて。
そして田舎の道から
浮気な恋人を連れ戻してよ
心を盗み、私の正気を奪った恋人を。

私の泥棒が私を盗んでくれたら。

* 私の亡骸は手袋のように柔らかく

私の亡骸は手袋のように柔らかく
つやのある革の手袋のように柔らかく
そして私のうつろな瞳は
白い小石でできた目になる。

私の顔の二つの白い小石は
静寂の中の声を失った二人
それは秘密で一層影がつけられ
面影を妨げるものに満ちている。

あんなにさ迷った私の指は
聖らかな姿勢となって合わさり
私のうめきでできたくぼみに押し当てられている
私の止まった心臓の結び目に。

そして私の二本の足は山
私が見たふたつの最後の山
歳月が勝ちえる競走に
私が敗けた瞬間に。

私の記憶はまだそのままだ、
子どもたちよ、早くそれを取り除いておくれ、
さあ、私の人生は言い尽くされた。
私の亡骸は手袋のように柔らかく。

* ヴァイオリン

見損なわれたしらべにのる愛に満ちたカップル
ヴァイオリンとその弾き手は私のお気に入り。
ああ!不快な弦の上の
ぴんと張りつめたそのうめきが好き。
首をつった人の縄の上の和音で
法が口を閉ざす時に
いちご型をしたハートは、
見知らぬ果実のように愛に身を捧げる。

* 花

約束された花、あなたの腕にいだかれた花、
足跡から咲いた花、
だれがこの冬の花をあなたに届けたのかしら?
海の砂がふりかかった花を。
あなたの口づけの砂、色あせた愛の花
美しい瞳は灰、暖炉の中では
嘆きのリボンで飾られた心が
その清らかな像と共に燃える。


*出演

渡辺有里香 ソプラノ
慶應義塾大学文学部独文科卒業。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業、同大学大学院修士課程修了。沢田文彦、三林輝夫の各氏に師事。東京芸大卒業演奏会出演。小澤征爾音楽塾オペラプロジェクト「フィガロの結婚」「コジ・ファン・トゥッテ」(モーツァルト)に参加。現在、フランス歌曲を中心としたコンサートや、モーツァルト「戴冠ミサ」等のソリスト、新曲の初演、楽器とのリサイタルなど多岐に渡った演奏活動を行っている。

斎藤和志 フルート
東京芸術大学附属高校を経て、東京芸術大学器楽科卒業。同大学院修了。第5回神戸国際フルートコンクール第4位。第70回日本音楽コンクール第1位。第4回日本フルートコンクール第1位。また第68回日本音楽コンクール作曲部門本選における演奏に対して審査員特別賞受賞。P.マイゼン、金昌国、佐久間由美子、中川昌巳、中野富雄、三上明子、山崎成美の各氏に師事。現在、東京芸術大学附属高校非常勤講師。東京シンフォニエッタメンバー。FCタチェットメンバー。

川北祥子 ピアノ
東京芸術大学卒業、同大学院修了、同非常勤講師(伴奏)を経て、現在フリーのアンサンブル奏者として活動。第31回日演連推薦新人演奏会演奏連盟賞、NHKFM土曜リサイタル出演、第5回日本声楽コンクール共演者賞。

増補1998-04-17

stravinsky ensemble サロンコンサート 8
於:榎坂スタジオ

*曲目

<愛の歌>

シューマン=リスト編:献呈
Schumann=Liszt: Widmung
(川北)

ブラームス:「四つの厳粛な歌」より
Brahms: "4 Ernste Gesänge"
  4.Wenn ich mit Menschen- und mit Endel-zungen redete
   たとえわれ人の言葉天使の言葉をもって語るとき
(吉川)

ロドリーゴ:「四つの愛のマドリガル」より
Rodrigo: "4 Madrigales amatorios"
  1.¿Con qué la lavaré? 何で洗いましょう?
  2.Vos me matásteis 君ゆえに死ぬ思い
ドリーブ:カディスの娘たち
Delibes: Les filles de Cadix
(泉)

<サンサーンス>

サンサーンス:おいで!/ボレロ(不運な男)
Saint-Saëns: Viens! / Bolero
(浦野・高田)

<鳥の夢>

メシアン:「世の終わりのための四重奏曲」より
Messiaen: "Quatuor pour la fin du temps"
  3.Abîme des oiseaux 鳥たちの深淵
(大成)

ボウルズ:森の中で
Bowles: In the woods
ソンダイム:「スウィニートッド」より
Sondheim: "Sweenie Todd"
  Green finch and linmet bird 小鳥たちよ何を歌うのか
(高田)

<バーンスタイン>

バーンスタイン:「アニバーサリーズ」より
Bernstein: "Anniversaries"
  For Stephen Sondheim ステファン・ソンダイムに
  For Paul Bowles ポール・ボウルズに
  For William Schuman ウイリアム・シューマンに
(川北)

同:「ソングフェスト」より
"Songfest"
  A Julia De Burgos フリア・デ・ブルゴスに
(藤永)

同:「リルケの詩による2つの愛の歌」
"Two love songs"
  1.Extinguish my eyes たとえ眼を失っても
  2.When my soul touches yours 私の心があなたの心にふれるとき
(浦野)

同:「キャンディード」より
"Candide"
  Universal good 普遍の善
  Make our garden glow われらの庭はわれらに耕さしめよ
(全員)


*出演

泉地香子 ソプラノ
浦野妙子 ソプラノ
大成雅志 クラリネット
川北祥子 ピアノ
高田正人 テノール
藤永和美 ソプラノ
吉川誠二 バリトン


*チラシコメント

 「ストラヴィンスキー・アンサンブルとは何ぞや?」とお思いの方も多いのではと思いますが、由来は90年の旗揚げ公演が「ストラヴィンスキーの結婚」だったという実に単純な命名で、あえて言うならば変幻自在にスタイルを変えたストラヴィンスキーのように毎回変化に富んだ活動をして行きたいという願いが込められています。
 その後91年「木管とピアノによるミヨーのソナタ」93年「子供と魔法(ラヴェル)」94年「ニューイヤーオペラコンサート」「サンサーンス/ミヨー四重奏の夕べ」95年「バーンスタイン!」97年「ドニゼッティ!」「鳥の夢」98年「愛の歌」を経て10回目となる今回は、過去の公演の「増補」として各公演でご紹介しきれなかった作品を集めて演奏いたします。
 プログラムは、ロドリーゴ「4つの愛のマドリガル」より、サンサーンス「ボレロ」、メシアン「鳥たちの深淵」、ソンダイム「小鳥たちよ何を歌うのか」、バーンスタイン「アニバーサリーズ」「ソングフェスト」より、ほか。
 これまでご来場いただいた方には文字どおり「増補」として、また初めての方にもこのシリーズに親しんでいただく機会となれば幸いです。