千の接吻よりもすてきなコーヒー / カフノーツ#062003-11-16

カフノーツはコーヒーにまつわる短いお話をあれこれご紹介します。 コーヒーでも飲みながらのんびりお読みください。


「ああ、コーヒーはなんて甘いの。千のキスよりもすてき。マスカテルワインよりも甘い。」J・S・バッハ『コーヒー・カンタータ』(1732年)より

 コーヒーを題材にしたクラシックの中でも有名な曲は、バッハの『コーヒー・カンタータ』です。これは、詩人ピカンダーによる「お喋りはやめて、お静かに」という作品にバッハが曲をつけたもの。コーヒー好きの娘にコーヒーを止めさせようとして、脅したりすかしたりする父親と娘の楽しいかけあいです。一日に三度のコーヒーを飲めなければ干からびた山羊の焼き肉のように痩せてしまうといいはる娘、コーヒーを止めないなら流行の服も買ってやらないし外に出さないし結婚式も行わせないと脅す父親。当時流行していたコーヒーハウスは男性だけが集う場でしたが、この詩を読む限り、一般の女性にもコーヒー熱が浸透していたようですね。

 階級を問わず人の集うコーヒーハウスは、ヨーロッパのどの国でも、新しいものが生まれる場でした。近代思想はコーヒーハウスから生まれたといっても過言ではないでしょう。バッハの『コーヒー・カンタータ』が作曲・発表されたのもまた、ライプツィッヒのコーヒーハウスで演奏するためのものでした。そしてこれはのちに整備されることになる、ドイツのコーヒーハウス・コンサートの先駆けでもありました。

 『コーヒー・カンタータ』の歌詞にも、女性の意識への近代の芽生えを感じます。コーヒー反対論者の父親がいくら脅しても聞き入れない娘。最後に、結婚相手を捜してくるのならコーヒーをやめてもいいわと、娘は父親の意見に同意します。喜んで婿探しにいく父親の陰で、結婚証書に「自由にコーヒーを飲ませてくれる」という許しを書いてくれる人でなければ結婚なんてしないわと、したたかな娘は独り言をいいます。18世紀は、彼女のように自分の意志を持った、18世紀的な新しい女性が登場した時代でした。コーヒーを飲む自由。今日はそんなことを考えながら、千のキスよりもすてきなコーヒーを飲んでみませんか?(カフコンス第6回「仏蘭西喜歌劇二重唱」プログラム掲載。)

【参考文献】伊藤博『コーヒー博物誌』(八坂書房)平野雅章他編『食の名言辞典』(東京書籍)臼井隆一郎『コーヒーが廻り世界史が廻る』(中公新書)

西川公子 Hiroko Nishikawa
ウェブやフリペの企画・編集・ライティング。プレイステーションゲーム『L.S.D.』の原案、『東京惑星プラネトキオ』『リズムンフェイス』のシナリオなど。著作に10年分の夢日記をまとめた『Lovely SweetDream』。最近は老人映画研究家。

仏蘭西喜歌劇二重唱(カフコンス第6回)2003-11-16

第8回荻窪の音楽祭(主催:「クラシック音楽を楽しむ街・荻窪」の会
共催:杉並区文化・交流協会 後援:杉並区/杉並区教育委員会
21世紀の荻窪を考える会)参加公演


*曲目

ロッシーニ「オッフェンバック風小奇想曲」*ピアノソロ
Gioacchino Rossini (1792-1868)
Petite caprice (Style Offenbach) (ca1857-68)

アーン「私たちはすてきな旅をしました」
Reynaldo Hahn (1875-1947)
Nous avons fait un beau voyage
"Ciboulette" (1923)「シブレット」より

ガンヌ「ほほえむ春の優しい花よ」
Louis Ganne (1862-1923)
Tendre fleur du riant printemps
"Les saltimbanques" (1899)「辻芸人たち」より

アーン「ボレロ」
Boléro
"Malvina" (1935)「マルヴィナ」より

オッフェンバック「紅茶の唄」*バリトンソロ
Jacques Offenbach (1819-80)
Couplet du thé
"Geneviève de Brabant" (1859)「ブラバンのジュヌヴィエーヴ」より

同「タルト・ア・ラ・クレーム」*ソプラノソロ
Tarte à la crème (1875)

メサジェ「ロバの二重唱/ぶらんこの二重唱」
André Messager (1853-1929)
Duetto de l'âne / Duo de l'escarpolette
"Véronique" (1898)「ヴェロニク」より

オッフェンバック「ハエの二重唱」
Duo de la mouche
"Orphée aux enfers" (1858)「天国と地獄」より

(同「天国と地獄フィナーレ ああバッカス」)


*出演

渡辺有里香(ソプラノ)
藪内俊弥(バリトン)
川北祥子(ピアノ)

助演:小出麗子(ミニヨン)


*プログラムコメント

「フランスオペレッタのプロジェクトX」のキーパーソンはもちろんオッフェンバックである。100本ものオペレッタを作曲しただけでなく、劇場設立、新作コンクールの開催など、彼の尽力によってパリ・オペレッタ界は確立され、次世代のメサジェやガンヌ、さらに次世代のアーンらに引き継がれて黄金時代が続いた。またその影響はフランス国内に留まらず、あのヨハン・シュトラウス二世にオペレッタを書くよう薦めたのも彼なのだそうだから、オッフェンバックは世界のオペレッタの父とも呼べるわけだ。そんな彼の名前を聞いてまっ先に思い出すのが運動会でお馴染みの「天国と地獄」のカンカンだというのはどうも正当でないように思えるのだが、フランス風の優雅な軽妙さよりも大衆喜劇を好んだ本人としては望む所なのだろうか。


*歌詞大意

「私たちはすてきな旅をしました」
 シブレット/デュパルケ:

私たちはすてきな旅をしました
一足ごとに立ち止まりながら
それぞれの村でシードルを飲み
ぶどう畑でリラを摘みながら

仰々しい七面鳥にも出会ったわね
子だくさんのうさぎや 年取ったヤモメの鶏
すごく上品なガチョウ
怪しげなめんどりにアトリの合唱団
村長さんにも、神父にも
小間物商人と兄弟達、車掌さんとその姉妹にも
私たちはすてきな旅をしました
それは春の初めのこと 鳥たちは所帯を持って
それぞれが同じようなことを望んでいました

私たちは発見しました
小川が若々しく流れ
木々が緑の着物をまとい
この世には終わりがないことを

熱心なミツバチたちに出会ったわね
立派なセミや 早寝のトカゲ
褐色のニットをはおった雌牛にも会った
毛皮を着たヤギ、コートを着た羊にも
聖堂守と彼の犬、
男爵夫人と彼女の女中、教会番と彼の子牛にも
私たちは発見しました
巣の中には誰も入れなくて
バラだけにたくさんの蝶が集まることを

私たちはすてきな旅をしました
それは春の初めのこと
鳥たちは所帯を持って
すべてのものがみな同じようなことを望んでいました

「ほほえむ春の優しい花よ」
 スザンヌ/アンドレ:

ほほえむ春の優しい花よ おまえは
苔の上でそんなにもつつましく咲いているのに
どうして堂々と見えるのかしら?
柔らかい色をして なんと魅力的なのかしら

小さな花よ 何を言おうとしているの?
きっとすばらしい事ばかりに思える
おまえはじっと黙っているけれど
私たちに幸せを伝えてくれているのね

あなたは私にその資格があると?
私の心は ああ こんなに動揺している
誰でも自分の心を自由にできるんだ
僕の言う事を聞いて かわいいスゾン

静かに心が震えたら それは愛 それこそ愛
私たちの心に 愛しなさい と愛が言うの
聞いて ほら 愛に応えるのよ
愛だけが私たちの心を自由にできる

私は花にもう一度教えてとたずねる
その気持ちを信じるべきなの?
それともそれを閉じ込めなければいけないの?
ほほえむ春の優しい花よ…

「ボレロ」
 マルヴィナ/ヴァレリアン:

愛 この世の真理の光 すばらしい過ち!
一緒に行こう スコットランドへ
それともギリシャ イタリア 山の連なるスペイン?
あなたらしいわね 決めたわ スペインがいいわ
あそこには 山に宮殿を持ってる
目に浮かぶわ あなたの腕の中の アルハンブラ!

聞いてくれ 嫉妬深いマルヴィナ
旅行家によればスペインはだめだ
二人きりで隠れなきゃいけない みんな探しにくる
どうして? そう思うの?
なぜって いいかい スペインは流行りだからね
パリはもっと安全で快適 まだ注目されていないから

パリへ行きましょう
君に紹介するよ マイアベーア ベルリオーズ
我らがケルビーニ パガニーニ ベッリーニ
ロッシーニ ガヴァーニ エルナーニ!
僕たちのこの時代の全ての名士たちと知り合いなんだ
アントニ フランコニ トルトニ!

愛するマルヴィナ 正直に言おう
僕は城なんて持ってない 貧乏で あるのは音楽だけ
貧乏ですって! 簡単に言うのね!
ボヘミアンの世界を楽しく放浪しないかい
そこではみんな歌い 笑い 夢見る
そして愛しあう 夜も昼も愛に生きるんだ!

「紅茶の唄」
 グルドン:

この世に紅茶ほど素晴しいものがあろうか
美味しく飲む仕上げには砂糖も必要
パテの後には紅茶がほんとうに美味しいもの

沈んでいる時には気分を高ぶらせ
興奮している時はすぐに鎮めてくれる
その両方の効きめがあるんだ

あたたかい紅茶がいい
パテを食べたらお腹を落ち着かせなきゃ
だから僕は紅茶を飲むのさ!

「タルト・ア・ラ・クレーム」

タルト・ア・ラ・クレーム
ああ愛しいあなた
砂糖菓子もリキュールも
あなたの甘さにはかなわない

愛に満ちた甘い言葉も
甘いソネットや甘いポエムも
王冠の輝きでさえ
あなたほど私を幸せにしてはくれない

素敵な若い男性に
愛してるとささやかれても
なにも迷うことなく
ほほえんで答えるでしょう
タルト・ア・ラ・クレーム
私が愛するのはあなた!

「ロバの二重唱」
エレーヌ=ヴェロニク/フロレスタン:

こっちにそっち、えっちらおっちら
さあ歩け、さあ進め ほら! かわいいロバさん、
さあ! こっちにそっち、えっちらおっちら
ごほうびは燕麦だよ

ああ! 私は幸せで
何だか知らないけれど笑ってしまうわ!
 (もし僕が楽しげに見えても 実は悲しいのさ)
ああ! なんて愉快なロバさん
でも二人の間は、きまぐれなものね
 (まだよく分かっていないようだね
  僕を地獄へ落とすなんてなんて人だ!)

こっちにそっち、えっちらおっちら
さあ歩け、さあ進め ほら! かわいいロバさん、
さあ! こっちにそっち、えっちらおっちら
ごほうびは燕麦だよ

それでね、この素敵な花束を見て
私が森から摘み尽くしてきたのよ
 (草むらで花を摘みながら
  僕の心も摘んでしまったに違いないね)
急いでひなぎくとひなげしをお水につけないと
 (どんなに内緒でひなぎくに尋ねたいことか!)

こっちにそっち、えっちらおっちら
さあ歩け、さあ進め ほら! かわいいロバさん、
さあ! こっちにそっち、えっちらおっちら
ごほうびは燕麦だよ

「ぶらんこの二重唱」
 エレーヌ=ヴェロニク(H)/フロレスタン(F):

F:笑うなんて意地悪だな
H:最高の結婚相手ではないの?
F:あなたは僕がため息をつくのを笑うんだね
H:ため息? それは素敵ね、まったく素敵だわ!
F:僕を信じて、お願いだ
  僕の苦しみを憐れんでおくれ
H:でも今晩、あなたの奥さんには
  そんなことは言わないでしょう?
F:僕の奥さん!
H:そうよ! その通り あなたの奥さんよ!
  ちょうど今晩彼女はあなたを待っている
  憐れな方よ!

F:彼女はあなたのようなかわいらしい目を
  しているだろうか
  着こなしがよく 肌は色白で美しく
  みずみずしい姿をしているだろうか
H:多分ね! 断言はしないけど!
F:ああ! この皮肉な雰囲気よ 去れ!
  僕を信じて いとしいヴェロニク!
H:信じてるわよ、フロレスタンさん!
  信じてます、でも取りあえず

H:ぶらんこを押して、よく揺れるように
  もし頭がくらくらしたら、仕方ない!
  もう一度やりなおしたいわ
F:ぶらんこを押そう 彼女の機嫌を損ねないように
  そうしたらこのかわいい人は
  私をうんざりさせないだろう!

F:おいおい! もっとまじめにしておくれよ
H:あら あなたよりは真剣よ
F:僕がひざまづいている時に、なぜあなたは
  ばかにしたような態度をするのかい?
H:でも私はあなたの奥さんのことを考えているのよ
  つまり、私はあなたの妻になれるかどうか…
F:僕の奥さん!
H:そうよ! その通り あなたの奥さんよ!
  彼女のことで頭がいっぱいなの 大切なお方!

F:彼女はあなたのように陽気で
  うっとりするように美しいだろうか
  銀色に輝くほほえみのまぶしさが
  ついにはこの若々しさが?
H:多分ね! 断言はしないけど!
F:しないでおくれ!
  僕にとっての特別な女性はあなた!
  君さ! ヴェロニクだ!
H:信じてるわよ、フロレスタンさん!
  信じてます、でも取りあえず

H:ぶらんこを押して、よく揺れるように
  もし頭がくらくらしたら、仕方ない!
  もう一度やりなおしたいわ
F:ぶらんこを押そう 彼女の機嫌を損ねないように
  そうしたらこのかわいい人は
  私をうんざりさせないだろう!

「ハエの二重唱」
 ユリディス/(ジュピテール=ハエ):

肩がざわざわしたように感じたけれど…
 (さあこれからハエの役だ
  しゃべらずにズーズー唸らなくちゃ!)
ああ! きれいなハエ! かわいいハエ!
 (僕の歌が彼女の心をとらえたんだ
  さあ歌おうハエの歌を!)

金色の羽のきれいな虫さん お友達にならない?
 (ズー!)
お前の入ってきたこの場所は私の牢獄なの
 (ズー!)
置いていかないで お願い
ここにいて かわいがってあげるから!
ああ! あなたを愛してあげるから
かわいいハエさん 私と一緒にいて!

 (愛されたい時はやきもきさせなくちゃ)
金の羽にさわったわ!
 (まだまだつかまらないぞ!)
やだわ いじわる! 逃げてばかりね!
 (素晴しいことに羽を授かったのだから
  ちゃんと使わなくちゃ)

この薄い布なら息も詰まらない虫取り網になりそうね
 (気をつけなくちゃ)
ああ! ほらつかまえた! もう逃がさないわ!
 (本当につかまったのは
  そう見えるほうではないのさ!)
歌って 歌って! (ズー) ズー (ズー)… 

ああつかまえたわ! なんてかわいいの!
 (つかまえたぞ! なんてかわいいんだ!)


*カフノーツ

#06 千の接吻よりもすてきなコーヒー