ストラヴィンスキーの夕べ(平成2年度文化庁芸術祭参加公演)1990-10-18

stravinsky ensemble 第1回公演
於:板橋区立文化会館大ホール 共催:板橋区・板橋区演奏家協会

*曲目

ストラヴィンスキー:
Igor Stravinsky (1882-1971)

新しい劇場のためのファンファーレ
Fanfare for a new theatre (1964)
trp.前田/寺島

八重奏曲
Octet (1923)
  1.Sinfonia
  2.Tema con variazioni
  3.Finale
fl.田中 cl.三界 fg.河村/井村 trp.前田/寺島 trb.棚田/石川

ミサ
Mass (1948)
  1.Kyrie
  2.Gloria
  3.Credo
  4.Sanctus
  5.Agnus Dei
cond.星野
ob.渡辺/森 EH.桜田 fg.井村/河村 trp.前田/寺島 trb.棚田/丸山/石川

結婚
Свадебка (1923)
cond.星野 sop.田島 mez.小川 ten.市川 bas.妻屋
pf.小坂/泉/中村/川北 perc.鈴木/和田/榊原/石崎/山下/馬


*出演

指揮:星野貢

ソプラノ:田島茂代
アルト:小川明子
テノール:市川和彦
バス:妻屋秀和

フルート:田中典子
クラリネット:三界秀実
オーボエ:渡辺尚洋 森明子
コールアングレ:桜田昌子
ファゴット:井村裕美 河村幹子
トランペット:前田進 寺島基文
トロンボーン:棚田和彦 丸山博文 石川浩
ピアノ:小坂圭太 泉晶子 川北祥子 中村典斗
パーカッション:鈴木優子 和田光世 榊原千菜 石崎陽子 山下雅雄 馬平

「ミサ」「結婚」合唱
石井恵子 磯清美 奥村哲子 樫木伴実 塩崎美幸 杉原良子 中木君枝 西由起子 野田千寿 森野由み 柳沢亜紀
雁部伸枝 佐藤太美 杉山未菜子 関根尚美 戸畑リオ 中村彩子 藤井あや
上田浩史 岡崎正春 鈴木隆弘 瀧澤映 辻裕久 永澤健 山田啓明
浦野智行 大塚直哉 小笠原美敬 野本立人 畠山茂 三田真司 米良知之

合唱指揮:山田啓明
ロシア語指導:千葉潤


*解説

◆新しい劇場のためのファンファーレ ◇柴田篤志
 2本のトランペットのための短い曲である。演奏時間は約40秒。1964年4月19日、リンカーンセンターの柿落としの、一番最初に演奏されたのがその初演である。元々、題名からわかるように、儀式に際しての<ファンファーレ>として書かれた曲だが、最晩年のストラヴィンスキーを語る上で多くの興味深い点を含んでいる。
 ストラヴィンスキーは1939年、祖国ソヴィエトを離れ、アメリカに移住する。それ以後の彼の作風に対しては多くの意見があるが、いずれにせよ、彼の好奇心が1971年に亡くなるまで旺盛だったことは確かで、1950年代からそれまで使わなかった12音技法による作品群の一つであり、「演奏時間が短い」という特徴を示している。いわば音楽のミニチュア化と言ってもいい現象で、その曲の長さとは反比例して構造は一層複雑になる。そして、何度も繰り返して聞くことによって、常に新しい発見をもたらす。若き日の巨大なバレエ音楽とは対照的なこうした姿勢が、晩年のストラヴィンスキーを創作活動に向かわせていたのであり、その意味でこの<ファンファーレ>は「何げなく」聞けてしまう割には、興味深い点が多いと言ってよかろう。
 蛇足であるが、当「板橋区立文化会館」は今秋改装柿落としされた。作曲後24年のこの作品が、再び音楽ホールの新たなる幕開きを飾れる事は、非常に「粋」なことだと思うのだが、いかがなものであろうか。

◆八重奏曲 ◇柴田篤志
 フルート、クラリネット、ファゴット2本、トランペット2本、トロンボーン、バストロンボーンのために書かれた作品。管楽器のための八重奏にはベートーヴェンの作品103やモーツァルトのディヴェルティメントやセレナードがあるが、この楽器編成は、それと較べるまでもなくきわめて珍しい組み合わせであり、イレギュラーな(普通でない)編成での作品が多いストラヴィンスキーの中でも特筆すべきものである(普通はファゴット、クラリネットの他にオーボエとホルンが各2本使われ、フルート、トランペット、トロンボーンは入らない)。初演は1923年10月18日、パリのオペラ座で作曲者の指揮による。
 ストラヴィンスキーの作曲家としての軌跡を辿ると、まず出世作となった1910年代の3大バレエ(火の鳥、ペトルーシュカ、春の祭典)があり、この時期を「原始主義」と呼ぶ。こうした姿勢は1918年の<兵士の物語>辺りから変化を見せ始める。前述したイレギュラーな楽器編成が、この頃から使われ始める。4管編成の巨大なオーケストラ作品で得た名声の中で、新たな方法を実験的に探り始めた時期だったと言える。こうした方向は1020年の<プルチネルラ>を経て、この<八重奏曲>で確立する。この時期のストラヴィンスキーの創作姿勢を「新古典主義」と呼ぶ。
 新古典主義は懐古的と解釈されるがそれだけではないようだ。確かに形式の面から言うと、コンチェルト・グロッソの形式を用いたり、バッハ、ヘンデルへの接近を見せたりしている。初演の翌年、作曲者自身が『ジ・ア-ツ』誌上で述べている言葉によると、「八重奏曲は一つの音楽的オブジェであり、その形式は、音楽的材料に依存している。材料が変われば、形式も変わる」となっており、更に「弦楽器より一層明確な性格を持った音響体(この曲の場合は管楽器)を材料とし、情緒的基礎によらない、ある種の形式の厳密さを追求することが重要である」とも述べている。つまり、ストラヴィンスキー自らが、この作品を以て、それまでのスタイルからの転身を世間に知らしめたのである。(注:「」内は、船山隆『ストラヴィンスキー』より抜粋、要約)
 この曲では2本のファゴット、トランペット、トロンボーンがペアを組むのに併せ、フルートとクラリネットも一対として考えられる。曲は三楽章構成でできている。1楽章はシンフォニア(lento - allegro moderato)でソナタ形式。緩いテンポの序奏の後、提示部:第1主題(unison)→第2主題(trp.)→経過部→再現部:第2主題(trb.)→第1主題(trp.)→終結部。2楽章はテーマ・コン・ヴァリアツィオーニ(andantino)で変奏曲形式。主題→変奏A→B→A→C→D→A→Eと変奏が続く。第1変奏Aは3回登場し、ロンド形式のようにも聞き取れる。変奏Eはフーガで、この後moderatoにテンポが上がり、アタッカで(切れ目なしで)3楽章へ続く。3楽章はフィナーレでロンド形式。ファゴットによる主題Aが3回繰り返された後、B(trp.)→A→C(fl.)→A(拡大→trp.)→終結部と進行する。なおこの曲は1952年に2楽章のテンポに手を入れる形で改訂されており、プログラム、チラシには「八重奏曲(1923)」とあるが、本日の演奏はこの改訂版による。
 またまた蛇足である。冒頭の記述に気付かれた方もいらっしゃると思うが、この曲が初演されたのは67年前の今日、10月18日である。わざわざ初演の日を選んで演奏会を開くとは、憎いほど「粋」な演出だと感心するのだが、いかがなものであろうか。

◆ミサ ◇今井俊道
編成:混声合唱、オーボエ2、コール・アングレ、ファゴット2、トランペット2、トロンボーン3。
初演:1948年10月27日、エルネスト・アンセルメ指揮、ミラノ・スカラ座。
 本曲の完成は1948年である。この時期は、ストラヴィンスキーの創作第2期にあたり、新古典主義とされている。確かに、中世的な響き、即興的な旋律、祈りのようなシラビックな合唱など、曲全体の雰囲気は、ギョーム・ド・マショーとの連関を想像させる。しかし、「精神に直接働きかける冷たい音楽」なる作曲者自身の言葉があるように、非肉体的抽象性をもつ音響は、どちらかといえば、後の音列技法への道程を歩み初めている。  ストラヴィンスキーの育った家庭はロシア正教会員で、彼は幼少から断食や礼拝を厳格に守り聖書にも親しんでいた。しかし、14才頃彼自身の内面的理由で宗教を捨てた。30年後彼は再びロシア正教会に戻った。その理由は、ローマ・カトリック教会のラテン語ではなく、幼少から親しんできた祈りの言葉としてのスラブ語が、彼の音楽創作に不可欠であることを知ったからであった。
 しかしながら、彼は中期から後期に「神話」や「聖書」を題材とした宗教的声楽曲を多く作曲しているが、<詩編交響曲>や本曲のようにラテン語による作品がいくつもある。なぜ彼はスラブ語ではなく、ラテン語に注目したのだろうか。
 バレ-音楽、器楽曲、世俗的歌曲の作曲家ストラヴィンスキーは、<ミサ>の作曲において典礼から出発したのではなく、作曲理念から出発して典礼に到達した。彼の頭には、個人的、感情的、国民的な19世紀の伝統からの離脱という意識があった。ラテン語のミサ本文は、過去何世紀もの間保持され、多くの作曲家が作品を残しており、時代と国とを超越した普遍性を持っている。しかもすでに死んだ言葉であるラテン語は「冷たい音楽」という作曲者の理念に合致したのである。本来ローマ・カトリックの典礼であるミサは信者の神への祈りで、その形は中世期に厳格に定められた。それゆえに、この曲の中世的作風は、テキストの硬化、固定性と教義的信条からくるものだが、あくまでもストラヴィンスキーの音楽家としての職人的意識がミサ曲を作曲させたのである。
 父と子と精霊への呼びかけ、信者の嘆願であるキリエ[第1曲・あわれみの賛歌]は、本曲の序幕であるが、動機的な鋭い器楽と無伴奏な「クリステ」の合唱は完結的である。天使の歌声(ルカ2,14)であるグロリア[第2曲・栄光の賛歌]は、まずアルトとソプラノが先唱する司祭のように朗唱的に歌う。合唱と独唱が交唱する部分は、連祷やロザリオの祈りのごとく典礼的である。自らの信仰を共に皆で神に答えるクレド[第3曲・信仰告白]に、ストラヴィンスキーは歌詞の抑揚と音楽を一致させた。地上の教会と天上の教会に対して力いっぱい賛美するサンクトゥス[第4曲・感謝の賛歌(イザヤ6,3マルコ11,9)は独唱者の旋律的装飾で始まり、合唱がそれをさえぎるように鋭いリズムで応答する。このリズムは全体の動機となっている。神の子イエス・キリストを賛え、聖体拝領の心を準備するアーニュス・デイ[第5曲・平和の賛歌]はほぼ1小節ごとに拍子が変化し、ア・カペラの合唱と器楽が交互に現れ、3つの部分を明確に分けている。

◆結婚 ◇山田啓明
編成:独唱(ソプラノ、メゾソプラノ、テノール、バス)、混声合唱、ピアノ4、打楽器(ティンパニ、シロフォン、チャイム、タンブリン、トライアングル、シンバル、アンティークシンバル、サイドドラム、スネアドラム、バスドラム)。
初演:1923年6月13日、エルネスト・アンセルメ指揮、パリ・ゲテ・リリック劇場。
 「歌と音楽を伴うロシアの舞踏の風景」という副題をつけられたこの曲は、彼の3大バレエと同じくディアギレフ率いるロシアバレエ団のために書かれたバレエ作品である。台本はキリエフスキーやアファナシェフが編集したロシアの民族詩集の中からストラヴィンスキーが自ら婚礼歌等を抜き出して再構成したものである。
 ナスターシャ・ティモフィエヴナ(花嫁)とフェティス・パンフィリエヴィチ(花婿)の結婚式を描いたこの作品の筋は、オペラの様なドラマを持っている訳ではない。むしろロシアの田舎ならどこにでも見られる結婚の儀式のドキュメントといった性格が強い。例えば、冒頭の花嫁が嘆いている場面も、本当に泣いている訳ではなくて、両親や友人の前で嘆いてみせるという習慣をなぞっているにすぎないのである。いってみればどこかの村のお祭りや儀式の様子を舞台作品として構成、創作したものと考えてもいい(こんな発想自体、実に現代的である)。曲全体は2部4場から成るものの、音楽は切れ目なく演奏される。またソリストはS.Ms.T.B.の4人だが、オペラの様に決まった役があてられている訳ではない。例えばソプラノは冒頭は花嫁役だが時に母親だったり、付き添いの娘だったり、鵞鳥のふりをする客人のひとりだったりするので聴いている方は油断がならない。
 [第1部第1場・花嫁の部屋]:先ず花嫁が登場して嫁入りを嘆き悲しむ。これまでは髪をひとつにたばねて三つ編みにしていたが今日からは人妻のしるしとして髪を2つに分けて編まなければならない。彼女は仲人をののしり、付き添いの娘達(女声合唱)は未来の夫を「殿様」なぞと大げさにほめあげるが、これも儀式のうち。半ば芝居である。
 [第2場・花婿の家で]:ここで初めて男声合唱(花婿の友人達)が聖母マリアへの祈りを唱えながら現れる。友人達に手伝ってもらいながら花婿は身じたくする。彼はこれから花嫁を迎えに行くのだ。この曲では描かれていないがロシアの結婚式は花婿が花嫁を彼女の家から奪ってくる形をとり、その際両者の間でもちろん芝居ながら問答や口論が交わされたりもする。両親に祝福を求めた花婿は結婚が首尾よくゆきますようにと、聖母マリアに祈りながら自らをふるいたたせる。
 [第3場・花嫁の出発]:上述のようにこの曲では婚礼の儀式そのものは省かれて、ここでは花嫁が両親から祝福を与えられる場面が描かれている。鍛冶屋の神、そして豊饒の神である聖コジマと聖ダミアンに対して縁結びの祈願がたてられる。花嫁たちが退場すると残された花嫁と花婿の母親達が抑揚なく悲しげに歌う(踊る)。
 [第2部第4場・婚礼の祝宴]:場面は一転してにぎやかな宴会場となる。客達は新郎新婦を激励し卑猥な言葉ではやしたてたりする。またあまり深い意味のない言葉あそび的な歌詞ももりこまれている。間もなく客の中から一組の夫婦が選ばれて寝室のベッドを暖める。酒もまわって宴もたけなわとなった頃、皆に見送られて新郎新婦は寝室へと消える。ドアの向こうから花婿が妻をたたえる歌が流れてきて静かに全曲の幕を閉じる。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
このブログのタイトルにもなっているカフェコンサートの名前は?(カタカナ5文字でお答えください。)

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://cafconc.asablo.jp/blog/1990/10/18/8081538/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。